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ヒストリー

1960年代


1960年
4月 埼玉県営大宮公園サッカー場が開場。
日本初のサッカー専用グラウンドで、現在するものとしては国内最古。1976年にはFIFAワールドユース選手権日本大会となり、あのマラドーナが国際大会デビューで2ゴールをあげたことでも有名。また、皇帝フランツ・ベッケンバウアーがニューヨーク・コスモスの一員として日本代表と戦ったのもこのグラウンドでした。

1962年
11月 第18回オリンピック競技大会を東京で開催する動きの中、サッカー会場の一つを大宮に誘致する運動を起こし、これに成功。晴れてオリンピック会場に決定される。

1964年
9月 バックスタンドとゴール裏スタンド後方に仮設スタンドを設け、東京オリンピック直前に拡張工事が完了。
10月 東京オリンピックサッカー競技の会場として使用。チェコスロバキア対ブラジル戦などが行われる。

1968年
9月 埼玉管内サッカーリーグ戦開催(電電埼玉蹴球連盟加盟9チーム)

1969年
1月 電電埼玉サッカーチーム結成(9チームからの選抜)
電電埼玉サッカーチームは大宮公園サッカー場をホームグランドに産声を上げました。

1970年代


1970年
第2回全国電電サッカー大会第3位(12チーム参加)
4月 金岡正輝監督(第2代)就任
埼玉県サッカー協会に登録
8月 第2回電電関東サッカー大会開催

1971年
埼玉県サッカー実業団大会準優勝(6勝1敗)
埼玉県サッカーリーグ一部第4位(4勝3敗)
本社、関東、東京三社対抗サッカー大会優勝
4月 小川永臣監督(第3代)就任
埼玉県サッカーリーグ発足
11月 第3回全国電電サッカー大会開催

1972年
埼玉県サッカーリーグ第3位(6勝2敗3分)
第4回全国電電サッカー大会初優勝
4月 金岡正輝監督(第4代)就任

1973年
本社、関東、東京三社対抗サッカー大会優勝
天皇杯予選埼玉県中央大会
埼玉県サッカーリーグ準優勝(8勝3敗)
第7回関東社会人サッカー大会準優勝
関東社会人サッカーリーグへの入替戦突破

1974年
第2回埼玉サッカー選手権大会準優勝
関東社会人サッカーリーグ第4位(5勝4敗5分)
第10回全日本社会人サッカー大会2回戦
天皇杯1次予選

1975年
第3回埼玉サッカー選手権大会優勝
関東社会人サッカーリーグ第8位(2勝7敗5分)
関東社会人サッカーリーグからの入替戦敗退
天皇杯1次予選
4月 暮石勝己監督(第5代)就任

1976年
埼玉県サッカーリーグ優勝(10勝1敗)
第4回埼玉サッカー選手権大会
第10回関東社会人サッカー大会第3位
天皇杯1次予選

1977年
埼玉県サッカーリーグ優勝(7勝1敗1分)
第5回埼玉サッカー選手権大会
第11回関東社会人サッカー大会第3位
天皇杯1次予選敗退
4月 斎藤昭監督(第6代)就任

1978年
埼玉県サッカーリーグ優勝(7勝1敗1分)
第6回埼玉サッカー選手権大会優勝
第33回国民体育大会関東サッカー予選
第12回関東社会人サッカー大会2回戦
第58回天皇杯1次予選

1979年
埼玉県サッカーリーグ準優勝(14勝2敗2分)
第7回埼玉県サッカー選手権大会優勝
第34回国民体育大会初出場(初戦敗退)
第13回関東社会人サッカー大会優勝(関東リーグへ復帰)
第59回天皇杯1次予選

1980年代


1980年
関東社会人サッカーリーグ第6位(7勝8敗3分)
第8回埼玉サッカー選手権大会準優勝
第16回全日本社会人サッカー大会第4位
第60回天皇杯2次予選

1981年
第15回関東社会人サッカーリーグ第5位(5勝5敗8分)
第9回埼玉県サッカー選手権
第17回全日本社会人サッカー大会初優勝
第61回天皇杯2次予選
4月 京野正三郎監督(第7代)就任

1982年
第16回関東社会人サッカーリーグ準優勝(10勝4敗4分)
第6回地域リーグ決勝大会(予選リーグ)敗退
第10回埼玉県サッカー選手権
第62回天皇杯1次予選

1983年
第17回関東社会人サッカーリーグ準優勝(11勝3敗4分)
第7回地域リーグ決勝大会(決勝リーグ)敗退
第63回天皇杯1次予選

1984年
関東社会人サッカーリーグ第3位(10勝6敗2分)
第11回埼玉サッカー選手権大会優勝
第20回全日本社会人サッカー大会2回戦
第64回天皇杯2次予選

1985年
関東社会人サッカーリーグ第4位(7勝6敗5分)
第21回全日本社会人サッカー大会準優勝(対NTT関西0-1)
第65回天皇杯1次予選

1986年
関東社会人サッカーリーグ準優勝(11勝1敗6分)
第22回全日本社会人サッカー大会3回戦
第12回埼玉県サッカー選手権優勝
第66回天皇杯2次予選
第10回地域リーグ(豊橋球技場)
予選リーグ 第1位(予選通過)2勝
(対ジャトコ5-2 対新潟イレブン6-0)
第10回地域リーグ決勝大会(大阪うつぼサッカー場)
決勝リーグ 第1位(日本リーグ2部昇格)3勝
(対埼玉教員4-1 対豊田工機1-0 対マツダオート広島3-0)

1987年
第17回 日本リーグ 2部
前期(東ブロック)第4位 5勝7分2敗
後期(上位リーグ)第5位 4勝6分4敗
JSLカップ
1回戦 対マツダオート広島 2-2(PK敗)
第67回天皇杯決勝大会
1回戦 対三菱自動車 0-1

1988年
第17回 日本リーグ 2部
前期(東ブロック)第4位 6勝4分4敗
後期(上位リーグ)第7位 3勝6分5敗
JSLカップ
1回戦 対松下電器 0-0(PK勝)
2回戦 対トヨタ自動車 1-2
第68回天皇杯関東地区予選
4月 白土功監督(第8代)就任
5月 海外遠征(シンガポールマレーシア)

1989年
第18回 日本リーグ 2部 第9位 13勝8分9敗
JSLカップ
1回戦 対田辺製薬 3-3(PK勝)
2回戦 対トヨタ自動車 3-3(PK負)
第69回天皇杯関東地区予選
5月 海外遠征(マレーシア)

1990年代


1990年
第19回 日本リーグ 2部 第6位 16勝3分11敗
JSLカップ
1回戦 対大阪ガス 2-0
2回戦 対本田技研 0-2
第70回天皇杯関東地区予選

1991年
第20回 日本リーグ 2部 第9位 9勝6分15敗
JSLカップ
1回戦 対マツダ 2-3
第71回天皇杯関東地区予選
4月 清水隆監督(第9代)就任

1992年
第1回 JFL 2部 第6位 5勝7分6敗
第72回天皇杯関東地区予選

1993年
第2回 JFL 2部 第7位 6勝12敗
第73回天皇杯関東地区予選

1994年
第3回 JFL 第12位 10勝20敗
第74回天皇杯関東地区予選
1995年
第4回 JFL 第14位 9勝21敗
第75回天皇杯関東地区予選

1996年
第5回 JFL 第13位 7勝23敗
第1回埼玉県選手権大会優勝
第76回天皇杯決勝大会
3回戦 対浦和レッズ 0-3

1997年
第6回 JFL 第9位 14勝16敗
第2回埼玉県選手権大会優勝
第77回天皇杯決勝大会
3回戦 対浦和レッズ 1-2
3月 佐々木則夫監督(第10代)就任
9月 NTT関東サッカー部正式にJリーグ参加申請
12月 NTT関東サッカー部 Jリーグ参加承認

1998年
第7回 JFL 第12位 11勝19敗
第3回埼玉県選手権大会優勝
第78回天皇杯決勝大会
3回戦 対ジュビロ磐田 0-2
3月 大宮アルディージャ誕生
7月 初の外国人監督ピム・ファーベック氏就任(第11代)
12月 NTTスポーツコミュニティ(株)設立

1999年以降


1999年
1月 清雲 栄純GM就任
8月 チームマスコット「アルディ」誕生
「アルディージャのサポーターだけでなく、サッカーファンのアイドルになっている「アルディ」。地元大宮のマスコット的な存在であるリスをモチーフに、名前は一般公募で名づけられました。このアルディという名前には、「チーム名から連想でき、すぐに覚えて親しまれるように」という気持ちが込められています。」
【1999年成績】
J2 6位 18勝1分17敗
天皇杯第79回大会 3回戦進出

2000年
三浦 俊也監督(第12代)就任
TV番組『がんばれ!アルディージャ』(現「Ole!アルディージャ」/テレ玉)スタート
ラジオ番組『アルディージャ ホットライン』スタート
2月 サッカークリニック(指導者講習会)開催
5月 さいたま新都心街びらき」にアルディージャブース登場
11月 ショールーム「COMSYS IT PLAZA」開設
【2000年成績】
J2 4位 23勝1分16敗
ヤマザキナビスコカップ 1回戦敗退
天皇杯第80回大会 3回戦進出

2001年
4月 埼玉県志木市の総合型スポーツ・レクリエーションクラブ「くらぶしっきーず」に選手初参加
5月 サッカースクール「大宮校」開校
12月 オフィシャルショップ「ワールドスポーツプラザ大宮」オープン
【2001年成績】
J2 5位 26勝6分12敗
ヤマザキナビスコカップ 1回戦敗退
天皇杯第81回大会 1回戦敗退

2002年
ヘンク監督(第13代)就任
5月 池袋西武「サッカーフェスタ」に選手が参加
6月 「さいたまワールドサッカーフェスタ」に選手が参加
10月 ホームゲーム年間観客動員数10万人突破
11月 オフィシャルショップ「オレンジスクウェア」オープン
「11月16日、クラブオフィスに隣接したスペースにグランドオープン。当日はあいにくの曇り空で肌寒い日だったにもかかわらず、開店前に長蛇の列ができるほどの混雑ぶりとなりました。一段落した頃には、ヘンク監督と黒崎選手が来店。突然のサプライズに、お客ささんはビックリ。ひととき、サポーターの皆さんと交流を深めました。」
【2002年成績】
J2 6位 14勝17分13敗
天皇杯第82回大会 4回戦進出

2003年
菅野 将晃監督(第14代)就任
3月 スタジアムまでの徒歩順路「オレンジロード」完成
「JR大宮駅からホームスタジアムまでの徒歩順路「一宮通り」が、愛称「オレンジロード」として模様替えし、3月29日にオープニングセレモニーを開催。街路灯がチームカラーのオレンジに塗り替えられ、歩道にはくっきりとチームエンブレムの意匠が。さらに歩道と車道の境界は、イキイキとした花々をたたえたプランターで彩られました。」
4月 サッカースクール「上尾校」「ジェクサー大宮校」開校
7月 「第1回大宮アルディージャ絵画コンテスト」開催
10月 清雲 栄純監督(第15代)就任
12月 オフィシャルファンクラブ「サンクスパーティー」初開催
【2003年成績】
J2 6位 18勝7分19敗
天皇杯第83回大会 3回戦進出

2004年
三浦 俊也監督(第16代)就任
3月 「オフィシャルキッズクラブ」発足
4月 サッカースクール「川越校」「深谷校」開校
11月 Jリーグディビジョン1に昇格決定
「11月29日、午後2時35分。特設電話のベルが鳴り、Jリーグからの電話を受けた児玉オーナー。そしてついに、長年待ち望んだJ1への昇格が決定しました。正式昇格の報告直後、児玉オーナーと三浦監督ががっちりと握手。そして、みんなで万歳三唱をして、喜びを分かち合いました。この日アルディージャは、J1への新たな一歩を踏み出したのです。」
【2004年成績】
J2 2位 26勝9分9敗 J1リーグ昇格!
天皇杯第84回大会 5回戦進出

2005年
7月 JR大宮駅前東口ロータリーに「アルディージャ時計台」設置
10月 「JOMOオールスターサッカー」にトニーニョ選手が出場
ホームゲーム年間観客動員数15万人突破
11月 「大宮公園サッカー場」改修前ラストゲーム
05年 大宮公園サッカー場 改修前ラストゲーム
「1964年の東京オリンピックに向け、1960年日本で最初のサッカー専用スタジアムとして開場した大宮公園サッカー場。改修にあたり、11月23日に改修前最後となるホームゲーム、ガンバ大阪戦が行われました。スタンドはサポーターで超満員。試合後には「ありがとう大宮公園サッカー場」と書かれた大弾幕を持ってグランドを一周するセレモニーが行われ、選手もサポーターも、名残を惜しみました。」
【2005年成績】
J1 13位 12勝5分17敗
ヤマザキナビスコカップ 準々決勝進出(ベスト8)
天皇杯第85回大会 準決勝進出(ベスト4)

2006年
8月 小林 大悟選手が日本代表に初選出
iモード公式サイト「アルモバ!」オープン
Jr.ユースがオランダ遠征実施
10月 田中 輝和選手がアジア大会エントリーメンバーに選出
【2006年成績】
J1 12位 13勝5分16敗
ヤマザキナビスコカップ 予選リーグ4位
天皇杯第86回大会 5回戦進出

2007年
ロバート監督(第17代)就任
6月 リーグ戦ホーム通算観客動員100万人突破
「6月16日のアルビレックス新潟戦、この日、J2に参戦した99年からのリーグ戦ホームゲーム通算観客動員数が、100万人を突破しました。J2時代の6年間に地道に観客動員数を伸ばし、04年のJ1昇格を機に一気にファンを拡大。一試合あたりおよび年間の観客動員数も、右肩上がりの伸びを示しています。今後は09年までに年間観客動員30万人を目指し、さらに愛されるクラブへと成長していきます。」
8月 佐久間 悟監督(第18代)就任
9月 J1リーグ通算100得点達成
11月 「NACK5スタジアム大宮」完成
「06年春から進められていた大宮公園サッカー場の改修工事が終了し、11月に新スタジアム「NACK5スタジアム大宮」が完成。収容人員は12.500人から15.500人に増え、バックスタンドには椅子が備え付けられ、アウェイゴール裏には480インチものオーロラビジョンが登場。より多くのファンが、快適な観戦を楽しめるようになりました。最も重要な試合の見やすさも、日本屈指といわれるほど。ピッチとスタンドが非常に近いサッカー専用の新スタジアムでは、選手とサポーターが一体となったアグレッシブな試合が楽しめます。」
【2007年成績】
J1 15位 8勝11分15敗
ヤマザキナビスコカップ 予選リーグ4位
天皇杯第87回大会 4回戦進出

2008年
樋口 靖洋監督(第19代)就任
オフィシャルファンクラブが「クラブメンバーズ」としてスタート
7月 クラブ設立10周年記念事業「夢的大宮プロジェクト」
【2008年成績】
J1 12位 12勝7分15敗
ヤマザキナビスコカップ 予選リーグ4位
天皇杯第88回大会 5回戦進出

2009年
張 外龍(チャン・ウェリョン) 監督(第20代)就任
【2009年成績】
J1 13位 9勝12分13敗
ヤマザキナビスコカップ 予選リーグ4位
天皇杯第89回大会 3回戦進出

2010年
2月 スポーツキャラバン500回目実施
4月 鈴木 淳監督(第21代)就任
【2010年成績】
J1 12位 11勝9分14敗
ヤマザキナビスコカップ 予選リーグ5位
天皇杯第90回大会 4回戦進出

2011年
11月 NACK5スタジアム大宮が「Jリーグベストピッチ賞」を受賞
【2011年成績】
J1 13位 10勝12分12敗
ヤマザキナビスコカップ 2回戦敗退
天皇杯第91回大会 2回戦進出

2012年
6月 ベルデニック監督(第22代)就任
【2012年成績】
J1 13位 11勝11分12敗
ヤマザキナビスコカップ 予選リーグ5位
天皇杯第92回大会 準々決勝進出

2013年
5月 Jリーグディビジョン1 21試合連続無敗記録達成
8月 小倉 勉監督(第23代)就任
【2013年成績】
J1 14位 14勝3分17敗
ヤマザキナビスコカップ 予選リーグ5位
天皇杯第93回大会 4回戦進出

2014年
1月 大熊 清監督(第24代)就任
9月 渋谷 洋樹監督(第25代)就任
12月 NACK5スタジアム大宮が「Jリーグベストピッチ賞」(2011年以来2回目)を受賞
【2014年成績】
J1 16位 9勝8分17敗 J2降格
ヤマザキナビスコカップ 予選リーグ6位
天皇杯第94回大会 4回戦進出

2015年
11月 第41節・大分トリニータ戦の勝利により、J2優勝、1年でのJ1復帰が決定
【2015年成績】
J2 1位 26勝8分8敗 J2優勝・J1昇格
天皇杯第95回大会 3回戦進出