Vol.64 戸塚 啓「僕たちは一人じゃない」【ライターコラム「春夏秋橙」】



ピッチで戦う選手やスタッフの素顔や魅力を、アルディージャを“定点観測”する記者の視点でお届けする本コーナー。J2残留が懸かった大一番を前に、戸塚啓記者が不安に揺れる胸中を書き綴ってくれました。


Vol.64 戸塚 啓
僕たちは一人じゃない


 FC町田ゼルビア戦が終わってから、気が付くとザスパクサツ群馬戦の展開を予想している。ツエーゲン金沢とSC相模原の試合展開にも頭を巡らせて、「大宮がこうで金沢がこうで、相模原がこうなったらこうなる」といろいろなケースを組み立てて、それだけでは足りずに取材ノートに書き出している。じつはもう一カ月以上前から、残留へのシナリオをシミュレーションしてきた。

 群馬に勝てば自力でJ2に残留できるが、引分け以下に終わると他会場の結果が関わってくる。自宅で一人きりで頭を悩ませていると、言い知れぬ不安に襲われる。そもそもマイナス思考なので、最悪のケースを頭から締め出すことができないのだ。

 群馬には過去3勝2分と負けていない。

 けれど、対戦相手には僕らが良く知る選手がいる。あの選手のキックやあの選手の高さが、得点源となっている。前回の対戦でもCKから失点し、1対1で引分けた。

 群馬もJ2残留を決めていない。彼らも必死で向かってくる。恐ろしく難しい試合になるだろう。1秒たりとも気を抜くことはできない。抜けるはずがない。

 こうして原稿を書いているいまも、前向きな自分ではなく臆病な自分に支配されている。思考の迷路に入り込んでしまう。

 けれど、試合当日に大宮駅に着けば、アルディージャのファン・サポーターの皆さんに会うことができる。スタジアムへ着けば、もっとたくさんのファン・サポーターの皆さんがいる。スタンドはオレンジ色に染まっているはずだ。

 名前も知らない人たちでも、自分と同じようにアルディージャの勝利を願っている人たちだ。それだけで、僕は勇気づけられる。


 僕のようにマイナス思考ではない方にとっても、群馬戦はハラハラドキドキの心境で迎えると思う。誰もが少なからず不安を抱えているなかでも、スタジアムではキリッと胸を張り、思い切り手を叩いてチームを後押しするファン・サポーターを見ることができる。僕のなかでくすぶっていた負の感情が、洗い流されていく。

 そうだ、僕は一人ではないのだ。

 ピッチに立つ選手たちも、胸がざわついているに違いない。Jリーグの出場試合数が少ない若い選手も、経験豊富なベテランの選手も、いつもとは違う種類の感情に包まれていると思う。

 選手たちはお互いを鼓舞しながら、ピッチに立つのだろう。国際舞台でギリギリの勝負に立ち会ってきた霜田正浩監督も、情熱と経験の全てを注いで選手たちの緊張をほぐし、ピッチへ送り出すに違いない。

 そして、決戦に臨む選手たちには、スタンドから大きな拍手が注がれるだろう。拍手は熱を帯び、選手たちの胸に届く。選手たちは奮い立ち、その勇敢な姿勢がスタンドを熱くする。さらに大きな拍手が、絶えることなくピッチへ届けられる。霜田監督が大切にする「一体感」が、スタジアム全体を包み込んでいく。

 群馬戦の結果次第で、クラブの歴史は変わる。かつて経験したことのない種類のプレッシャーを、監督以下スタッフと選手も、クラブ関係者も、ファン・サポーターも受けることになる。

 ちょっとでも不安な気持ちに襲われたら、周りを見渡してみよう。僕たちは一人じゃない、心強い仲間がいることに気づくはずだ。

 みんなで心を一つにして、全力で選手たちを後押しして、残留をつかみ取りたい。



戸塚 啓(とつか けい)
1991年から1998年までサッカー専門誌の編集部に所属し、同年途中よりフリーライターとして活動。2002年から大宮アルディージャのオフィシャルライターを務める。取材規制のあった2011年の北朝鮮戦などを除き、1990年4月から日本代表の国際Aマッチの取材を続けている。

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