Vol.61 岩本 勝暁「外れた鎖」【ライターコラム「春夏秋橙」】

ピッチで戦う選手やスタッフの素顔や魅力を、アルディージャを“定点観測”する記者の視点でお届けする本コーナー。今回は全42節のうち折り返しとなるタイミングで、岩本記者に前半戦を振り返っていただいた。

Vol.61 岩本 勝暁
外れた鎖

 
 パソコンの画面に映る小島幹敏の充実した笑顔が、チーム状態の良さを物語っていた。

 「練習の強度が上がって、良い雰囲気のなかで練習ができています。ゲームもしっかりするようになって、練習が終わってから『疲れたあ』という感じになりますね(笑)」

 第20節・レノファ山口FC戦の直前、複数の記者が参加して行われたリモート取材である。引き分けが2試合続き、この時点ではまだ連続未勝利から抜けられていなかった。それでも、霜田新体制となって2試合目となる第19節・松本山雅FC戦は、全ての選手が躍動して、見ている僕も心が弾んだ。スコアレスドローに終わったが、勝点1以上の価値がある一戦だった。

 それにしても……、前半の21試合を終えて、3勝7分11敗。誰がこの展開を予想しただろうか。

 開幕戦は可能性の高さを感じさせるものだった。柴山昌也、奥抜侃志のゴールで水戸ホーリーホックに逆転勝ち。岩瀬健監督の初陣に花を添えた。しかし、そこから3連敗と好調が長続きしない。第5節のV・ファーレン長崎戦で4-0と快勝したものの、そこからまったく勝てない時期が続いた。

 いつしか、こんな声が漏れ聞こえてくるようになる。

 「内容は悪くないけど、勝てないね」

 「結果は出ないけど、やってるサッカーは間違っていない」

 本音で述べるなら、原稿を書くときはあまり使いたくないフレーズだ。今シーズンに限った話ではない。耳障りはいいが、ほとんどの場合、チームが停滞しているときに使う表現と言っていい。内容が悪くないなら、あるいはやっているサッカーが間違っていないのなら、結果も確実についてくるはずだ。1、2試合ならまだしも、この状態が長引けば長引くほど、立て直すのは難しいと言わざるを得ない。

 
 
 そして、5月、岩瀬監督を解任し、佐々木則夫監督が暫定的に指揮を執ることになる。

 その初戦となる第16節・ジェフユナイテッド市原・千葉戦、後半の立ち上がりに訪れた黒川淳史のシュートシーンは、まさに前半戦の不振を象徴するものだった。

 51分、前からプレッシャーをかけた翁長聖が左サイドで相手DFのパスをカット。ボールが直接、黒川の足元に入った。瞬間的にゴールは無人だった。しかし、ボールを持ち直したことでタイミングが遅れ、戻ってきた相手GKを避けるようにして打ったシュートはポストの右に逸れていった。

 いつもならなんでもないシーンだろう。しかし、この試合まで10戦未勝利。“決めなければいけない”、“勝たなければいけない”という意識がマイナスに作用したのではないか。慎重になり過ぎてシュートのタイミングが遅れ、さらに左から視界に飛び込んできた相手GKのプレッシャーによってシュートの軌道がブレた。


 チームを救ったのは、新たに就任した霜田正浩監督だ。選手のメンタルに働きかけることからはじめた。

 「メンタルのリカバリーと彼らがどうすればピッチのなかで躍動できるか、彼らの力を100パーセントに近いレベルで引き出してあげられるか。それをチーム戦術に落とし込んでいきたい」

 初陣となる第18節・栃木SC戦は、キックオフの前にスタッフやベンチメンバーも含めた全員で円陣を組んだ。スタンドからどよめきがあがり、スタジアムに一体感が生まれた。さらに三門雄大がキャプテンに、馬渡和彰、石川俊輝が副キャプテンに就任するなど、新たなはじまりを予感させる一戦となった。

 のちに霜田監督はチームの再建について、「“ミスをしちゃいけない”、“勝たなきゃいけない”という鎖を外してあげることが、ここに来て僕が先にやらなければいけないことだった」と話している。

 そして、第20節、アウェイの山口戦で15試合ぶりに勝利の瞬間を味わう。1-0。殊勲のゴールを挙げたのは、それまで苦しみ続けた黒川だった。なんという、ドラマチックな展開だろう。

 「今シーズンずっと得点が奪えない時期が続いていたので、今日、まず1点が取れたので、これから波に乗っていきたい」

 試合後の黒川からは安堵の表情が見て取れた。

 霜田監督が就任して、明らかにチームの空気が変わった。選手の一挙手一投足から自信があふれるようになった。パスの1本、スプリントの一つ、シュートの一振りに意図が感じられる。デザインされたセットプレーにワクワク感を覚えるし、デュエルのバチバチ感も見ているだけでアドレナリンが上がってくる。

 シーズンの折り返しとなる第21節のモンテディオ山形戦は敗れたが、霜田監督は「このままやり続けていけば、もっと良いチームになるという手応えはあります。でも、順位が順位なので、理想を追いかけず、現実的に目の前の勝点3、勝点1を積み上げていきたい」と後半戦に向けて前を向いた。

 ようやく希望の光が差し込んできた。スタジアムに向かう足取りも、なんだかとっても軽やかだ。




岩本 勝暁 (いわもと かつあき)
2002年にフリーのスポーツライターとなり、サッカー、バレーボール、競泳、セパタクローなどを取材。2004年アテネ大会から2016年リオ大会まで4大会連続で現地取材するなど、オリンピック競技を中心に取材活動を続けている。2003年から大宮アルディージャのオフィシャルライター。

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