Vol.009 粕川哲男「一度は断った覚悟の移籍。そこで得たものとは」【オフィシャルライター「聞きたい放題」】

クラブオフィシャルライターが、個人的に気になる人や話題について話を聞く本コーナー。今回は昨シーズン、半年間の期限付き移籍を経験した嶋田慎太郎選手に、粕川哲男さんが切り込みました。


Vol.009 粕川哲男

一度は断った覚悟の移籍。そこで得たものとは

はっきりとは覚えていない。「ちょっと話がある」という仲介人に、大分トリニータへの移籍話を聞かされたのは、いつだったか。出場機会を失ってからしばらく経っていたので、昨年の5月か6月だったような気がする。

「正直、まったく頭になかった」オファーに驚き、自分に対する評価をうれしくも思ったが、そのときは丁重に断ってもらった。

良心とプライドが、それは違うと拒否していた。

「先発から外れて、メンバーにも入れなくなったからといって、そこで別のチームに行くっていうのは……何か悔しいので」

嶋田は昨年、大宮アルディージャで2年目のシーズンに挑んだ。高木琢也監督の下、よりチームの勝利に貢献したいと意気込んでいた。ロアッソ熊本より移籍1年目に残した33試合出場2得点という成績を上回るのはもちろん、開幕前には「二ケタ得点」という高い目標も掲げている。

だが、思うようにいかなかった。

スコアレスドローに終わったヴァンフォーレ甲府との開幕戦は終盤12分間だけの出場。第2節・FC琉球戦から3試合連続で先発出場したが、結果を残せなかった。高木監督が新たに導入した3バックで試行錯誤するチームは4試合を終えて1勝1分2敗と振るわず、嶋田自身も精彩を欠いた。

「琉球相手に失点を重ねて負けて、自分としても思うようにプレーできなくて。どうしてうまくいかないんだって感じていました。あの時点では高木監督のやりたいこと、戦術に対する理解度が、そこまで深まっていなかった気がします。キャンプとかプレシーズンでたくさん練習して、新しい戦い方を知ろうと一生懸命にやっていましたが、本番になると硬さが出て、チームとしても個人としても普段通りのプレーができなくなってしまった。もっとトレーニングを積み重ねないといけない、そう思っていました」

嶋田の最大の持ち味であるドリブルでの仕掛けは影を潜め、懸命に相手を追いかける守備での頑張りばかりが目についた。慣れ親しんだ[4-4-2]のサイドハーフから[3-4-2-1]の「2」の一角、いわゆるシャドーへのポジションチェンジも無関係ではない。

「熊本のときも[4-4-2]のサイドだったので、シャドーのやりづらさはありました。サイドのときはボールを受けて、対峙した目の前の相手と勝負すればよかった。だけど、守備の局面では中間ポジションを取って縦パスを通させないコース切りをして、サイドにボールが出たときは2度追いするなど、役割がすごく増えたと感じていました。シャドーは相手のボランチ、センターバック、ウイングバックが対応してくるので囲まれやすい。判断力やポジショニングを磨いて、相手に狙われない位置でボールを受けないといけない。そこで、ものすごく苦労しました」

第5節・水戸ホーリーホック戦からベンチ外が続いた。第10節・FC町田ゼルビア戦でメンバー入りしたものの、出場なし。以降、第23節・京都サンガF.C.戦まで実に12試合、ピッチの外から仲間たちを見守る日々……。2年目の壁は、高かった。

ただし、クサることはなかった。「メンバーに入れないのは自分に何かが足りないから。一回り成長できる良い機会」と考えて汗を流した。ネガティブにも投げやりにもならず、監督やコーチからのアドバイスに耳を傾け、前向きな気持ちでトレーニングに励んだ。

それでも夏、大分から届いた2度目のオファーには、首を縦に振った。

「高木監督が求めるプレーができない自分自身を見つめ直し、一度外に出て、いろいろなことを見たり、経験したりするのもいいかな」と思い、決断した。

大分で過ごした4カ月と少し、自身初のJ1リーグは刺激的だった。8試合出場0得点。途中出場が6試合。実力を発揮しきったとは言えないが、それでも大宮に戻って高木監督から「どうだった?」と聞かれたとき、迷わず「楽しかったです!」と答えることができた。

「大分でも[3-4-2-1]のシャドーで使ってもらいました。片野坂(知宏)監督と高木監督のスタイルは違いますが、細かく言われたのはポジショニングの部分です。本当に頭を使うサッカーで、試合後は体よりも頭の方が疲れたくらいで(笑)。そこは自分に足りなかった部分だったので、すごくビビッときたんです。それを、よりレベルの高い公式戦のピッチで経験できた。J1は選手個々の能力が高く、チームの完成度も高い。そんな相手に対して、頭を使ってかけ引きできたところが、すごく面白かったんです」

大分で伸ばせたのは「判断力とポジショニング。そこが一番」と言い切る。それらは、大宮で試合から遠ざかっていたあの頃、まさに高木監督から受けたアドバイス「相手からプレッシャーを受けない位置、ボールのもらい方を考えろ。ボールに寄るだけじゃなく、高い位置で我慢することも大事だ」に通じる、試合で活躍するためのカギだ。

もちろん、磨き上げた「判断力とポジショニング」をピッチで表現して、大宮の勝利に還元する自信はある。大宮で迎える3年目のシーズン。嶋田は今、成長した自分の姿を見せられる日を、見てもらえる日を、心待ちにしている。

粕川 哲男(かすかわ てつお)
1995年に週刊サッカーダイジェスト編集部でアルバイトを始め、2002年まで日本代表などを担当。2002年秋にフリーランスとなり、スポーツ中心のライター兼エディターをしつつ書籍の構成なども務める。2005年から大宮アルディージャのオフィシャルライター。

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