Vol.010 早草 紀子「思いよ、届け。」【ファインダーの向こうに】

クラブ公式サイトなどで目にするアルディージャの写真は、その多くがプロのカメラマンが撮影したものです。彼らが試合中に見ている選手たちの姿は、スタンドから見ているそれとは少し違います。ファインダー越しにしか見えない風景を、クラブオフィシャルカメラマンが綴ります。



Vol.010 早草 紀子
思いよ、届け。

あるべき存在の不在を感じずにはいられない空間での2020シーズンホーム開幕だった。選手たちはバス2台に分かれ、いつものファン・サポーターからの声もなく、静かにスタジアム入り。ボールボーイや担架要員もクラブスタッフらが担う、何もかもが初めて見る光景だった。

それでも、この日のスタジアムにはホッとする一角があった。ゴール裏である。ファン・サポーターの顔写真が貼られたパネルサポーターが一面に並んでいたのだ。ウオーミングアップに出ようとしていた選手たちも一早くその存在に気付く。いつもはたくさんの視線が向けられているため、じっくりとスタンドを見ることもはばかられるものだが、このときとばかりに選手たちはパネル1枚1枚を凝視。1枚ずつズラして設置されていたパネルは、奥の方までピッチからよく見えた。

ひと通り見収めたところで、三門雄大選手が選手たちを集める。おなじみの声援は聞こえなくても、今日はホーム開幕戦だ。その思いを共有すると、今度は全員で円陣を組む。気合のこもった掛け声とともに、選手たちは勢い良くピッチに飛び出して行った。試合はご存じの通り、クラブのメモリアルとなる1,000ゴール目を黒川淳史選手が決め、西村慧祐選手のプロ初ゴールで追加点を奪って勝利。苦しみながらも、開幕3連勝をつかんだ。

そして試合後、向かったのはゴール裏。パネルサポーターの前で選手たちだけの“寝ても大宮"を披露した。もちろん、ソーシャルディスタンスを保つため、肩を組むことも許されない。さらにアレンジが加わったパフォーマンスに、「難しいな……」とやりづらそうな選手もいれば、早々にコツをつかんでノリノリの選手もいる。違和感は否めないが選手たちの懸命な“寝ても大宮"だった。

締めくくりは全員で最後のあいさつを行う。「誰もいないけど」と言い合う声が聞こえる中、「いや、見えるよ(笑)」と言って大きくゴール裏へ笑顔で両手を振ったのは、好セーブを見せた笠原昂史選手だった。

静かなスタジアムだからこそ、あんな会話やこんな会話も撮影しながら耳に入ってくる。このような“寝ても大宮"は2度とないかもしれない。リモートマッチ(無観客試合)ならではの一場面だった。写真はもとより、選手たちの会話からにじみ出るファン・サポーターへの思いが届きますように。


早草 紀子 (はやくさ のりこ)
兵庫県神戸市生まれ。東京工芸短大写真技術科卒業。1993年よりフリーランスとしてサッカー専門誌などへ寄稿する。2005年から大宮アルディージャのオフィシャルカメラマン。

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