今野浩喜の「タダのファン目線記」上原通訳 前編

今野さんが「ただのファン目線」で行きたい場所に行ったり、会いたい人に会う本連載。今回は、トップチームの外国籍選手たちをサポートする上原レオナルド 通訳に話を聞きました。


8歳のときにブラジルから移住

今野「よろしくお願いします。今野です。いきなり失礼ですが、上原さんはどちらの国籍なんでしょうか」

上原「国籍はブラジルです。上原は父方の姓で、父は日系ブラジル人です」

今野「ブラジル国籍なのに、日本語がめちゃくちゃ上手ですよね。いつから日本に?あと、今はおいくつなんでしょうか」

上原「今は30歳です。8歳だった2002年に、家族で静岡県磐田市に移住してからずっとなので、日本での生活が長いです」

今野「そっか。じゃあ、もうポルトガル語は分からないくらい……になっていたら、通訳できないか(笑)。ブラジルは南半球だから、今は冬ですよね。たしか3月くらいに体感温度が62度というニュースを見ました。ブラジルも夏は暑いんですかね?すごく面積の広い国だし、地域によって気候が違うのかな」

上原「ブラジルは広くて、南に行けば行くほど寒いですし(赤道に近い)北部はめちゃくちゃ暑いです。でも、カラッとしています。喉をやられてしまうくらいカラッと乾燥しているので、日差しを避ければ暑さをしのげます。日本は湿気があるので、ブラジル人は、よく『日本は日陰にいても意味がない』と言います」

今野「そんなに乾燥しているんだ。ところで、バイリンガルの方の感覚が分からないですけど、普段の会話は、どちらの言語で考えているんですか」

上原「日本語ですね。どちらかと言えば、日本語をポルトガル語にするより、ポルトガル語を日本語に訳するほうが、私は得意です。日本に来たときは、ゼロからのスタートだったんですけど。両親はポルトガル語で話します」

今野「ゼロから日本語を覚えて、日本語で考えているんですか?」

上原「私は日本語で考えるほうが、思考のスピードが早いと感じます。通訳をする場合は、誰に伝えるか次第。ポルトガル語で話しかけられて、ブラジル人と話すなら、そのままポルトガル語で考えますけど、日本語に通訳する、あるいは、特に通訳をしないという場合なら話を聞いた瞬間から日本語で考えています。けっこう、ナチュラルな感覚ですけど」

今野「そんなことができるんだ。モノマネをする人が、ある人のモノマネをしている途中で別のモノマネができる切り替えみたいな……」

上原「日本語で話しながら(話の続きを)ポルトガル語で話すこともできます。それは、1歳上の兄と、5歳ほど年の離れた妹と、いかに早く日本語を使えるようになるか、単純な遊びでやっていたことが影響していると思います」

今野「外国語として学ぶ日本語は、たぶん難しいですよね」

上原「難しいですよ。日本は数え方が物によって変わりますよね。コップなら『1杯、2杯』だけど、鉛筆なら『1本、2本』。漢字を当てられるからだと思いますけど、これをブラジル人に説明すると、みんな『なんでだ。1、2でいいだろ』と言います(笑)」

今野「外国にはない感覚なのか。でも、日本人でも分からない数え方もありますもんね。ウサギは鳥じゃないけど1羽だし、イカは1杯だし」

正しいイントネーションは恥ずかしい?

今野「上原さんは、日本語のイントネーションもすごく上手ですよね」

上原「プライドじゃないですけど『発音バレ』するのは嫌で、最初にかなり気にして勉強しました」

今野「日本語が得意な外国人の方でも、ちょっと変なイントネーションのまま、ずっと直さない人も多いじゃないですか。うまくなっていくのを見られるのが、ちょっと恥ずかしいのかな。日本人の場合、英語が苦手な理由の一つに、恥ずかしいという気持ちがあると思うんですよ。本当に外国人のように英語を話そうとすると、身振り手振りも多くなって、なんか、人格が変わるじゃないですか(笑)。英語を話すというより、アメリカ人の役を演じているような感じになって、その性格を持続できないというか」

上原「ハハハ(笑)。イントネーションを直さないのは、『意味が伝わるのに改善する必要あるかな?』と思うんじゃないですかね。でも、うまくなったんじゃないかって、良いことを言ってもらっているけど、そこを見られているのは恥ずかしいという感覚はあるかもしれませんね」

今野「ところで、どこかのメディアでカズさん(三浦知良選手)が『ポルトガルのポルトガル語と、ブラジルのポルトガル語は違う』と話していたのですが、そうなんですか?」

上原「ほぼ同じです。ただ、ちょっと意味合いが変わってしまう言葉はあります。例えば、あまり良い言葉ではないのですが、ポルトガルで『foda-se(フォダス)』という言葉は『ちくしょう、(運が)ついていないな』というニュアンスで捉えられます。でも、これをブラジルで使うと『どうにでもなれ、ふざけやがって!』という、もっと強い口調で、相手を悪く言う意味合いにも聞こえてしまうので、注意が必要です。イントネーションも少し違います。欧州では、Sを少し強く引っ張ります。『美味しい』という意味の「gostoso(ゴストーズ)」は(欧州では)ゴシュトーズという発音になります」

今野「アメリカ英語とイギリス英語の違いみたいなことがあるんですね。それにしても、上原さんはものすごく話しやすい方ですね」

上原「私は誰とでも話せると思っていますし、ブラジルでは誰とでもフランクに話すのは、普通ですよ。ただ、違いはあります。日本人は誰もが誠実に話してくれて、騙されている感がないです。ブラジルでは皆が陽気に話しますけど、知らない人の場合は、『この人は、どういう目的で親しげに話しかけているのかな……』と気にしなければいけません」

今野「お互いに『誰だ?』と警戒しながら、でも陽気に話している……?それは怖いな(笑)。でも、そんな陽気な感じが当たり前の感覚で日本に来たら、最初は『日本人、暗いな』とか思ったのでは?」

上原「反応が鈍いというか、感情がないように感じましたね。小学校で先生に褒められたり、良い点数を取ったりしたときに、私は『よっしゃー!』という感じでしたけど、日本の子は、ほとんど表情に出さない。『楽しくないの?』と思うことは、多かったです。日本で長く生活して、今はその感覚も分かりますけど」

今野「逆に、日本の子どもたちからは『アイツ、うるさいな』みたいな目で見られていませんでした?」

上原「(体格が)大ぶりで、うるさくて、声がデカい奴だと思われていたでしょうね(笑)」

日本は地球上で最も治安の良い国

今野「日本に来たとき、食事の面は?ブラジル人は、日本の食べ物だと何が好きなんですか?」

上原「みんながおいしいというのは、鳥の唐揚げです。そして、みんなが驚くのが焼肉です。あれは食べ方にインパクトがあります。ブラジルでは、焼いた肉と言えば大きな塊から切り分けるシュラスコ。BBQでも分厚い肉をステーキにする調理法が一般的です。薄切りにした肉を自分で焼くという食べ方が、面白いというか新鮮なんです」

今野「納豆はやっぱりダメ?ブラジルは、豆が主食と聞きますけど」

上原「フェジャンという豆の煮込みは、一般的な料理ですね。でも、納豆は……。私も子どものころ、2年くらいは無理でした。納豆を食べるブラジル人選手は、マテウス選手くらいじゃないですか?」

今野「やっぱりそうなんだ。でも、2年で納豆を美味しく食べられるようになったのは、すごいですね」

上原「最初は、日本の白米もダメでした。ブラジルはタイ米なので、パラパラとしているのですが、日本の白米に箸を入れたら、途中で止まる……。粘土じゃないのかと思ったくらいです。粘り気もあって食べにくいと感じたので、小学生のころは、先生に許可をもらって塩を持参していました。おかずも、最初は食べられるものがなかったですね。私はブラジルの内陸地の出身なので、海の魚は馴染みがなく、魚と言えば川魚でしたから。魚を生で食べるのも最初は苦手でしたし、日本の甘辛の味付けも馴染めませんでした。親に『嫌だと言って食べずに終わるのはもったいない。トライして判断しなさい』と言われて、親が食べられるのに、自分が食べられないことはないと思うようになって、少しずつ克服しましたけど。生卵はいまだにダメです。目玉焼きは半熟くらいが好きになりましたけど」

今野「好き嫌いってそういうのがありますよね。トマトはダメだけど、トマトジュースは大丈夫みたいな。甘辛い味付けはダメなんですね。ハッピーターンも?」

上原「当時はハッピーターンにはたどり着けなかったですね(笑)。日本に来たばかりのころは、食べ物だけでなくすべてが新しい発見でしたよ。家の隣に田んぼや畑があるなんて、考えられませんでした。ブラジルでは居住区と田畑は、別の区画にあります。自動販売機の存在は、ほとんどの外国人がビックリしますよ。あんなものをブラジルに置いたら、機械ごと盗まれます」

今野「そういう理由で驚くんですね。農家だと無人販売なんかもありますけど」

上原「あれは意味が分からないです。売り物が鍵もない状態で置かれて、お金を置くところも鍵がない売り場もありますよね。物もお金も置いてあって、見張る人がいない……。絶対に持って行かれます。日本より安全な国は、地球上に存在しないんじゃないですか」

今野「ブラジルは、そんなに治安が悪いんですか?」

上原「特に、サンパウロやリオデジャネイロは、注意しないといけない場所があります。住宅街ではないエリアで夜道を車で走るなら、赤信号で止まるなと言われています。強盗に襲われるからです。最近では、渋滞でも車が狙われますし、お金持ちの人の車は、窓が防弾になっていますよ」

※後編に続く。

構成:平野 貴也

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