今野さんが「ただのファン目線」で行きたい場所に行ったり、会いたい人に会う本連載。今回はトップチームの上原レオナルド通訳のインタビュー後編をお届けします。
通訳の仕事はピッチ外がほとんど
今野「上原さんは、日本に来ていろんなことの違いを感じたわけですよね。ブラジル人選手だって、日本に来た当初は、『あれ、日本人はおとなしいな』とか思いますよね? 選手に、あまり騒ぐなよって注意するんですか?」
上原「『ここは、みんながいる場所だから』と、日本でのマナーとして教えることはありますよ。やはり、初来日の選手には教えることが多いです。例えば、監督の(長澤)徹さんが話しているとき、ポケットに手を突っ込んだまま話を聞いたら、日本では失礼じゃないですか。ブラジルでは誰も気に留めないですけど。日本では失礼な行動になるから、相手に体を向けて、手はポケットに入れないで話を聞かないとダメなんだと教えます。幸いにも、私がこれまでに仕事をして来た選手は、みんな理解してくれました」
今野「そういうところでも仕事をしているんですね」
上原「通訳の仕事の中で、ピッチ上での仕事が一番少ないと思っています。今日もそうですけど、練習中は70~80分、監督の指示を訳しているだけ。それは一瞬の仕事です」
今野「僕たちから見た場合、通訳さんの仕事はそれだけに見えます。でも、選手に日本の礼儀を教えるようなこともしているんですね」
上原「日本のチームに解け込めないことで、選手にマイナスなイメージがついたらもったいないじゃないですか。能力があって評価されてチームに来たのに、姿勢や振る舞いの面でうまくいかないなんて。自分がフォローすれば済むのであれば、やりますよね」
今野「でも、言ってみれば仕事外のサービスみたいな部分にもなるじゃないですか」
上原「うーん、私は、そこはワンセットだと思っています」
選手と同じ熱量で伝える難しさ
今野「選手が口論しているときは、本当に全部、通訳しています?」
上原「言わないと、両方から怒られます。それに、選手と同じ熱量で言わないと伝わりませんから。『パスを出せよ!』と言っているのに『パス、出してね』と通訳するのは、ありえません」
今野「難しいですよね。言ってみれば、通訳の人は演技をすることになるわけだし。でも、同じ熱量にするのは大事なんですよね。それは(日本代表を率いたフィリップ・トルシエ監督の通訳だったフローラン・)ダバディさんを見ていて感じました。あまりにも汚い言葉は、さすがにまろやかにします?」
上原「シチュエーション次第ですね。日本の選手はポルトガル語を知っているわけではないけど、大体の暴言はわかります。その場合は通訳をしなくても伝わってしまいます。でも、ブラジル人選手がカッとなって、あきらかに絶対に言うべきではない言葉を言ったとして、日本の選手がわかっていなかったらもみ消します(笑)。『ちょっと、怒っている』と伝えるくらいにします。それから、後でブラジル人選手には『もうちょっと頭を冷やそう。あのまま伝えていたら、もっと悪い状況になっていたはずだよ』と伝えます。『オレが言っていることを通訳してないじゃないか』と怒られるかもしれませんが、それは仕方がありません。仲裁のところも、けっこう大事だと思います」
今野「すごいなあ。僕は態度が悪くて、人の話を聞くときに、ポケットに手を突っ込んでいることもザラにあるような人間ですけど……。ブラジル人選手も、そういうことを聞いてちゃんと直すのは偉いですね」
上原「やっぱり異国でプレーしようと考えている時点で、ある程度、異文化を理解しようという気持ちがあるというか、それだけ人としての器があると思います」
今野「スカウトの人たちは、そういう性格面まで見ているんでしょうね」
上原「そうだと思いますよ」
今野「でも、僕はブラジル人選手にちょっと悪いイメージも持っているんですよ。きっかけはエジムンド選手(※2001~2003年、東京Vと浦和でプレーして大活躍)です。シーズンの途中で突然帰国しちゃうって……(苦笑)。あれは、ブラジルでは普通なんですか?」
上原「いや、ナシです(笑)。エジムンド選手のファンからは『いや、きっと何か理由があったに違いない。日本人たちに何か嫌なことをされたのではないか』とかばおうとする意見も聞かれますけど、一般的な見解として、仕事を放棄するのは良くないです」
今野「ブラジル人は、リオのカーニバルが始まると帰国しちゃうイメージがあるんですよね。上原さんもブラジルに戻りたくなりますか?」
上原「リオデジャネイロでは、クリスマスと年越しとカーニバルが3大パーティーとして有名ですね。僕はあまりカーニバルは好きではないので……。遠くから見るなら良いですけど、参加したいとは思わないですね。あまりにも騒がしいのは良くないから、ちょっと抑えようよと思う感覚なんかは、日本に住んで長いから、日本人っぽい感覚になっているのかもしれないですね」
日本語を話せる選手は意外と多い?
今野「日本に長くいるブラジル人選手もいるじゃないですか。日本語で話さないけど、日本語を理解できているだろうなっていう選手は、いますよね?僕は、ジーコさんとか絶対、日本語を理解できているはずだと思っているんですけど。あと、恥ずかしいだけで、実は日本語を話せる選手もいるんじゃないかと」
上原「Jリーガーでは、けっこう多いと思いますよ。パトリック選手(※2014年から日本でプレーし、日本国籍の取得も目指している)は、読み書きもできますし、ひらがなと、簡単な漢字は書けるんじゃないかと思います。ほかに、高校生のときに日本に来て、そのまま日本でプロ選手になる選手たちは、ほとんどが日本語を話せます。一番良い例は、パウリーニョ選手(※2010年から日本でプレーし、2023シーズンで引退。松本で強化担当に就任)。日本語の読み書きが、完ぺきにできます」
今野「ブラジルに住んでいたときは、Jリーグのことは知らなかった?」
上原「知らなかったですけど、サントスでプレーした日本人がいるというのは、知っていました」
今野「僕、カズさん(三浦知良選手)のファンなんですけど、やっぱり世界でも有名なんですね。海外でいろいろな選手から握手を求められている映像をよく見るけど、なんでそんなに有名なんだろうと思うくらい、人が寄って来るイメージがあります」
上原「少なくともブラジルでは、世界でも一番強い国というイメージが強かった時代に、海外からやって来た若い選手がサントスでプレーしたという事実は、インパクトが大きいですよ」
今野「Jリーグを見たのは、いつ?」
上原「Jリーグというか、日本のチームを見たのは来日してからですね。サントスと柏レイソルの試合。2011年のクラブワールドカップ(準決勝)だと思います。ネイマール選手と酒井宏樹選手がマッチアップするというのが注目されていたと記憶しています。柏にもレアンドロ・ドミンゲスとジョルジ・ワグネルという二人のブラジル人選手がいました。ワグネル選手はブラジルでも有名だったので、柏にいるんだ!と思いましたね」
今野「ブラジルのサッカーを知る立場で、J3を見てどう思います?」
上原「ブラジルではピッチを広く使うのが主流ですけど、日本はボールのあるエリアに人が密集しますね。競り合った後のセカンドボールを拾いたいから。ブラジルは遠くまで正確にパスを蹴ることができる選手が多いし、個々の責任が強くて、広がった状態でプレーします。日本は密集して、守備になるとFWが二度追い、三度追い、プレスバックとボールを追い回して来るので、この違いによって、ブラジルでは活躍したのに日本では苦戦するブラジル人が出てきます。日本のサッカーは速すぎます」
今野「速いって言われますよね、日本のサッカーは」
上原「ブラジルでは、ボランチの組み立て役が前を向いてボールを持って、みんなが前を向いて、パスをもらおうとするので、攻めるコースがたくさんできます。でも、日本では、ボランチが前を向く時間がなく、潰されます。だからバックパスばかりになってしまい、評価が下がってしまいます」
今野「アルトゥール・シルバは、よくやっているということですね」
上原「彼は本当にタフでめちゃくちゃ走るし、球際も強い。それにキックがすごいですよね」
一気に話されると大変。通訳さんのインタビュー事情
今野「ヒーローインタビューとかで、ほかのチームのブラジル人選手の通訳がおかしいなと思うことは?」
上原「ショートカットする人は、多いかもしれないですね」
今野「明らかに『しゃべっている(時間の)尺が違うぞ?』ということ、ありますよね」
上原「ありますね。選手がたくさん話したのに『次もゴールを決めます』だけ、みたいな(笑)。選手がいったん話し終えないと通訳できないので、難しいときもあります。常にノートを持っているわけじゃないし、すごい長文を一気に話されると、通訳しながら覚えるのが大変です。そういうときは、大事なワードだけを頭に残していって、それをつなげていきます。一言一句、すべてを覚えて訳そうとすると、分からなくなってしまいます。だから、たくさん話したのに『次も頑張ります』とかだけになってしまうのだと思います」
今野「そんなに短くなかっただろう、おかしいぞというケース、ありますもんね。選手や監督で、通訳を気にして訳すタイミングを取ってくれる人もいますよね」
上原「それは、めちゃくちゃ助かります(笑)」
今野「あっ、もうこんな時間か。終わりましょう。最後に何か言い残すことは、ありますか?」
上原「何もないです。すごく楽しかったです。ありがとうございました」
構成:平野 貴也