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大宮アルディージャマガジン『VAMOS』の人気連載『ROOTS』。アカデミー出身選手の原点を紐解くこのコーナーのアーカイブを、デジタルVAMOSで掲載! 今回は渡部大輔編を、前後編の2回に分けてお届け中。前編では、サッカーを始めた幼稚園時代からJr.ユース時代までを振り返った。順調にユースに昇格した渡部は、その才能を開花させていく。
※2017年3月1日発行『VAMOS VOL.110』より。内容や役職は掲載時のまま

あのころがあるから、今がある ROOTS
渡部大輔(後編)


文=河合 拓

 ユースで渡部大輔の指導にあたったのは現在、大宮アルディージャのスカウトを務める西脇徹也(当時ユースコーチ)だ。西脇は、自身が現役を引退した直後にJr.ユースの練習に参加したことがあり、当時の渡部のプレーに「中学2年生でこんなにやるんだ」と、驚かされたという。

 ユースに上がっても、渡部と柿沼貴宏の能力は秀でており、ともに1年生時から試合に出場した。2人の関係を、指導者として使わない手はなかった。

 「わざと2人を競わせたりしました。どちらかを前半で使って、後半はもう一人を使うとか。うまくいったかはわかりませんが、渡部も柿沼も互いに負けたくないという気持ちはすごくありましたね」

 負けず嫌いなのは、ピッチ内に限った話ではなかった。代表の遠征活動などで学校の授業に出られないことがあっても、成績は常に上位をキープ。「頭が良いというより、努力派です。自分で言っちゃいますけど」と笑う。

 「学校の勉強は、ちゃんとやろうと思っていました。サッカーだけやっているとは思われたくなかったんです。基本的に負けず嫌いなので、全てに負けたくなかったですし、できるだけ良い成績を取りたいと思っていました。両親には、サッカーの練習に通う交通費だけでも多くのお金を出してもらっていたので、塾に行くお金を出してもらうことなんて考えませんでした。自分は塾に行かなくてもある程度は勉強ができるタイプだと分かっていましたし、部屋で教科書やノートを見たり、練習に通う電車の中でも勉強して、真ん中よりはかなり上の順位にはいました」


プロ10年目を迎えても変わることのない目標

 ユースでは2年生になるとFWのレギュラーとなり、存在感を強めていった。今も全国の高校生年代のプレーを視察している西脇は、Jr.ユース1期生たちのレベルは現在の全国トップレベルのユースチームとも遜色ないという。

 そして渡部が高校3年時のJリーグユース選手権大会では、チームは過去最高のベスト4に進出。エースストライカーだった渡部は大会13得点を挙げて得点王に輝いた。

 「最後のところは、『大輔、頼む』っていう感じがチームにもありました。寡黙で負けず嫌いで、プレーでチームを引っ張ってくれていましたね。練習からも絶対に手を抜かないですし、当時は今ほどウェイトトレーニングやコンディショニングをやるように指示していませんでした。でも、彼は『プロになりたい』という気持ちが強かったのでしょう。自分から進んで筋力トレーニングもやっていましたし、筋肉が付きやすい体だったから、しっかりとその結果が表れていきましたね。プレーを見ていても、姿勢を見ていても、こういう子がプロになるんだという感覚がありました。能力はもちろん、練習に取り組む姿勢も良かったですからね。ああいう取り組む姿勢がベースにあるから、ある程度の長い期間、プロとしてサッカーをやれているんだと思います」と、西脇は振り返る。

 残念ながらタイトルを獲得することはできなかったが、渡部の姿勢は後輩たちにも良い影響を与えていたという。

 「サッカーでは非常に頼りになって、試合を決める存在でした。学校の成績も良かったですし、電車の中などで勉強していることを後輩たちも知っていましたからね。彼と一緒にプレーしていた後輩は、良い影響を受けていたと思いますよ」

 与えられたトレーニングメニューを真面目に、寡黙にこなす渡部が、一度だけ西脇に自身の意見を言い返してきたことがあったという。

 「具体的なことは忘れてしまいましたが、シュートゲームをしているときに『こうした方がいいんじゃないの?』という、こっちの要求に対して『でも、僕はこういう考えでやったんです』と言ってきたんです。いつも本当に淡々と全力でやっていたから、すごく印象に残っていますね。3年間、彼が言い返して来たのはあの一度だけでしたね」

 逆に言えばアカデミー時代、渡部は与えられたメニューに納得して取り組むことができていたということだろう。その中で、自分が違うと思ったことであれば、元プロ選手だった西脇にも意見をぶつけられるほど、しっかりとサッカー観ができあがっていた。そんな渡部は、Jr.ユース1期生から唯一、トップチームに昇格することとなった。

 アカデミーでは前線でゴールを量産していた渡部だが、当時の鈴木淳監督はその粘り強い守備や推進力を評価。世代別日本代表で務めていたサイドハーフやサイドバックにコンバートした。負傷に苦しめられる時期もあったが、毎年のように二桁試合出場を果たし、今年プロ入り10年目のシーズンを迎えた。

 幼いころからの夢をかなえ、クラブを象徴する選手の一人になった渡部だが、今も目標は変わっていない。

 「まずはプロとして、少しでも長く現役をやりたいという気持ちがあります。自分の好きなサッカーをやって、生活ができている環境というのは恵まれていると思いますし、自分の夢でもあったので、それをできるだけ長く続けたいと思っています。そのためには活躍していかないといけないので、日々頑張って試合で活躍できたらと思います」

渡部 大輔


渡部大輔(わたべ だいすけ)
1989年4月19日生まれ、埼玉県出身。中学1年で大宮アルディージャに加入。Jr.ユース1期生となり、ユースを経て08年にトップチームに昇格する。U-20日本代表まで各年代別の代表にも選出された。トップチーム昇格後、サイドでプレーをするようになる。現在も機を見て前線に飛び出し、攻撃に厚みを加えるサイドバックとして活躍する。

1989―渡部大輔誕生
1993―サッカーを始める
1998―山口サントスに加入
2002―大宮Jr.ユースに加入
2005―大宮ユースに昇格
2008―大宮トップチームに昇格



河合 拓(かわい たく)
『週刊サッカーマガジン』編集部、『ゲキサカ』編集部を経て2015年よりフリーランスとして活動している。フットサルの専門サイト『FUTSALX』の立ち上げメンバーであり、フットサルにも造詣が深い。大宮アルディージャマガジン『VAMOS』では、塚本泰史クラブアンバサダーや秋元利幸プロジェクトマネージャーの連載などを担当している。