ARDIJA VISION 2020 未来を、ともに。
LOGIN SEARCH SNS ENGLISH
戻る
試合
リーグ戦 試合日程・結果
順位表
放送予定
リーグ戦大会方式/試合方式
過去の試合結果
トップチーム
トップチーム
トップチームスケジュール
トップチームスローガン
2020キャンプレポート
過去のトップチーム
トップチームデータ
練習・練習試合の見学について
チケット・観戦
購入方法
料金・席種のご案内
チケット販売スケジュール
シーズンチケット
スタジアム
アウェイ応援ツアー
注意事項・管理規程・観戦マナー
観戦ガイド
法人のお客さま
ビジターサポーターの皆さまへ
優先入場権における事前抽選方法
場内演出タイムスケジュール
スタジアムグルメ情報
フード・ファストパス/デリバリー
「チケット・観戦」トップ
クラブ
クラブ理念
クラブビジョン
クラブハウス・練習場
クラブ概要
会社概要
ヒストリー
国際交流活動運動
環境活動・社会貢献活動
企業としての取り組み
トータルアドバイザー
クラブアンバサダー
「クラブ」トップ
ファンクラブ
会費/特典
お申込について
アルディージャポイント
無料会員
会員規約
会員マイページ
アカデミー
U18
U15
U12
育成スタッフ
出身選手紹介
アカデミー使用施設
セレクション情報
主要参加大会
サッカー教室
スクールキャラバン
「アカデミー」トップ
ホームタウン
ホームタウンニュース
街と、ともに。
子どもたちと、ともに。
社会と、ともに。
企業と、ともに。
ある得ショップ
アルログ
「ホームタウン」トップ
パートナー
アルディージャビジネスクラブ
パートナー紹介
後援会
サポートスタッフ
パートナー企業交流
「パートナー」トップ
スクール
「スクール」トップ
よくあるご質問
みんなの声
スクールの特徴
スクールコーチ
入会までの流れ
在校中の皆さまへ
サッカー教室
スクールキャラバン
ファンパーク
会員コンテンツ
デジタルVAMOS
ダウンロードコンテンツ
VAMOS Webプレビュー
お家でアルディージャ
クラブ公式アプリ
ARDIJA FREE Wi-Fi
応援番組
「ファンパーク」トップ

ARDIJA NOW

ホーム > ファンパーク > デジタルVAMOS
春夏秋橙タイトル


ピッチで戦う選手やスタッフの素顔や魅力を、アルディージャを“定点観測”するオフィシャルライター陣の視点で、毎月1回程度お届けします。

Vol.044 戸塚 啓

レジェンドの旅立ち

 「長い間お世話になりました」というお礼と、「ありがとうございます」という感謝を、まずはお伝えしなければならない。

 奥野誠一郎さんがクラブを離れることが、3月31日付けで発表された。4月から故郷の福井県に戻るという。

 アルディージャ在籍期間は、21年6カ月にも及ぶ。彼の足跡はそのまま、クラブの歴史をなぞることになる。

 福井県の名門・丸岡高校在籍時は、スケールの大きなウインガータイプのFWだった。同校卒業とともに横浜フリューゲルスへ加入し、プロ3年目の1995年にDFとしてJリーグデビューを飾る。

 アルディージャには98年に加入した。同年にクラブ最後のJFLを戦い、翌年には発足1年目のJ2リーグのピッチに立つ。記念すべき開幕戦のメンバーには、もちろん、奥野さんがいる。


奥野誠一郎1

 背番号は当時から「2」だ。彼のアイコンとなっていく番号である。

 01年から06年にかけて成立したトニーニョとのセンターバックコンビは、クラブの歴史でも特別と言っていい。菊地光将と河本裕之も忘れがたいコンビだが、J1昇格からJ1定着の土台を築いた意味でも、奥野・トニーニョのコンビを記憶に深く刻むファン・サポーターは多いはずだ。

奥野誠一郎2

 クラブ初の昇格を決めた2004年のJ2では、全44試合にフルタイム出場している。アルディージャでは彼一人が達成した記録だった。警告を受けるリスクの高いポジションで、ひたむきにチームを支える姿は何とも頼もしかった。

 クラブがJ1へ昇格する以前は、非公式なものも含めて他クラブから獲得の打診を受けたと聞いた。一度ではなく、何度か。

 そのたびに奥野さんは、アルディージャのユニフォームを選んだ。その理由が胸に響く。

 「もう一度J1でプレーしたいのではなく、アルディージャの選手としてJ1でプレーしたかった。だから、残るという決断を迷うことはなかったですね」

 キャプテンも務めた。背番号「2」と主将の腕章が、どこから見てもすっきりと収まっていた。クラブへの忠誠心と献身性を、絶えず示してきたからだろう。芯の強さと優しさを兼ね備えたリーダーだった。

 引退後は育成のカテゴリーに長く携わった。17シーズン途中から、トップチームのコーチに就いたこともある。昨シーズンはヴェルフェたかはら那須(現ヴェルフェ矢板)の監督を務めたが、08年からスタートした指導歴は、そのほとんどがアルディージャの育成で埋められている。

 新天地となる福井県サッカー協会では、ユースダイレクターの職に就く。20年を超える年月をアルディージャで過ごしたことで、奥野さんの体にはこのクラブのDNAが組み込まれているに違いない。本人がことさらに意識せずとも、アルディージャのスタイルになじみやすい選手が、育成されていくのではないだろうか。

 クラブを離れたことで、物理的な距離は遠くなる。それでも、アルディージャと奥野さんの結びつきがなくなることはない。数年後には彼が育成に関わった選手が、アルディージャでプレーすることになるかもしれない。

 今回の別れはきっと、新たな出会いの始まりとなるはずだ。

奥野誠一郎3


戸塚 啓(とつか けい)
1991年から1998年までサッカー専門誌の編集部に所属し、同年途中よりフリーライターとして活動。2002年から大宮アルディージャのオフィシャルライターを務める。取材規制のあった2011年の北朝鮮戦などを除き、1990年4月から日本代表の国際Aマッチの取材を続けている。


春夏秋橙バックナンバー