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オフィシャルライターコラム「春夏秋橙」

ピッチで戦う選手たちの素顔や魅力を伝えたい。これまで書き切れなかった情感を伝えたい。『Vamos』やマッチデープログラムなどの取材から映る景色を、クラブオフィシャルライターの視点で、たまに広報・プロモーション担当の視点で、お届けします。


春夏秋橙タイトル



Vol.001 岩本 勝暁

20分の先に広がる、20年前の回想

 「あなたは20年前、何をしていましたか?」

 クラブ創立20周年の節目を迎え、そんな趣旨の企画が大宮アルディージャマガジン『VAMOS』で始まった。第1回目のゲストは、当時中学2年だった加藤順大選手。寒さの残る沖縄キャンプの練習後に話を聞いた。

 インタビューの途中、ふと自分のことを思い出し、懐かしい気持ちになった。

 20年前の1998年は、フランス・ワールドカップが開催された年だ。日本が初めて出場する大会として大きな注目を集めた。僕はと言えば、スポーツライターを目指す26歳。アルバイトで貯めた金を握りしめ、約1カ月のフランス旅を敢行した。一人で海外に行くのは初めての経験だった。

 覚えている人も多いのではないだろうか。当時、試合を観戦するチケットが不足し、社会問題になった。日本戦のチケットが旅行会社に届かず、複数の観戦ツアーが中止になったのだ。

 僕が出国までに手にしていたチケットは、日本対ジャマイカの1枚のみ。あとは現地で何とかなるだろうと高をくくっていた。ところが、想像以上に難しい。フランスに到着して最初の3日は、チケットの入手に関する情報がまったくなかった。今のようにインターネットが普及していない時代だ。パリの書店に足を運び、掲示板に書かれた情報をくまなく見て回った。

 いても立ってもいられず、日本がアルゼンチンと対戦するトゥールーズまで行くことにした。現地についてホテルを確保すると、休む間もなく外に出た。すると、広場を歩いているときに日本人の集団から声を掛けられた。「今ならチケットが手に入るかもしれない」と言う。今考えたら恐ろしいが、そのときの僕に他人を疑う余裕はなかった。いろいろなツテを頼って手に入れたカテゴリー1のチケットは10万円以上。本物のプラチナチケットだった。

 「まぁ、いつかスポーツライターになってこの話がネタにできたら、少しは元が取れるかな」

 チケットを手にしたときに、こんなことを考えたのを今でも覚えている(実際、コラムのネタとして何度か使わせてもらっています、笑)。

 スタジアムに入ったら、どんな些細なことも記憶にとどめようと思った。水はけをよくするために中央からタッチラインに向けて傾斜をつけたピッチは、当時の僕からすればすごく斬新だった。スタンド前方のカテゴリー1でなければ見られなかった光景だ。また、加藤順選手が「憧れ」と語ったバティストゥータ選手が、迫り来るような勢いでピッチを疾駆していた姿も思い出す。

 大会を通して、たくさんの出会いもあった。決勝トーナメント1回戦のブラジル対チリでは、ロナウドがゴールを決めた瞬間に隣のブラジル人サポーターと抱き合って喜んだ。準々決勝のフランス対イタリアでは、PK戦での母国の勝利に、涙を流して喜ぶ少年がいた。そうした光景の全てが、今でもスポーツを“書く”ことを生業にする上での礎になっている。フランスでの濃密な1カ月が、僕を大きく成長させてくれた。
  • 加藤 順大
  •  話を『VAMOS』に戻す。加藤順選手とは20分ほど話をした。その年に旧大宮市に引っ越してきたこと。金澤慎選手との出会い。中学では陸上部で活躍したという。そして、インタビューの最後にこう言ってくれた。

     「1998年は僕にとって、とても大きな一年。あれがなかったら、今の自分はなかったかもしれません」

     それは僕も、同じだ。

     人に歴史あり。
 皆さんは20年前、何をしていましたか?そんなことを思い返しながらページをめくっていただけると、『VAMOS』の制作に携わった一人として冥利に尽きる。


岩本 勝暁 (いわもと かつあき)
2002年にフリーのスポーツライターとなり、サッカー、バレーボール、競泳、セパタクローなどを取材。2004年アテネ大会から2016年リオ大会まで4大会連続で現地取材するなど、オリンピック競技を中心に取材活動を続けている。2003年から大宮アルディージャのオフィシャルライター。


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