デジタルバモスでは毎月1回程度、大宮アルディージャVENTUS情報をお届けします。今回は、この4月になでしこジャパンの合宿に参加した井上綾香 選手に話を聞きました。
Vol.013 文・写真=早草 紀子
井上綾香の勢いは止まらない
2度の大ケガから再スタート
なでしこジャパンの合宿に大宮アルディージャVENTUSから乗松瑠華につづき、井上綾香が初選出された。WEリーグ初のハットトリックをマークし、チーム最多の6ゴールを決めている我らがエースだ。かつてはU-17、U-19、U-23と各世代の代表として活躍、なでしこジャパン入りも当確と目されていた。その矢先、井上は2度の前十字靭帯断裂という大ケガに見舞われる。成長期とも言える20代半ばの3年間をリハビリに費やした。
新生大宮アルディージャVENTUSへの加入は井上にとっては覚悟の再スタートだった。ケガ以降初めて膝からテーピングが外れ、「こんなに軽いなんて! この感覚忘れていました」(井上)と痛みのないプレーを心の底から楽しんでいた。彼女の快進撃を押し上げたのは大野忍コーチだ。
現役時は卓越したドリブルと、視野の広さ、そしてコースを攻めるシュート力で名をはせた大野コーチは、そのすべてを惜しみなく攻撃陣に伝授している。なかでも井上はその影響を大きく受けてきた。
「シノさん(大野)から学んだことはあり過ぎです(笑)。相手の逆を取るプレーや、そこも見えているの? って思うくらい視野も広い。自分が気づいてもない角度でこうしたら? ここ見えていた? といったことも逐一伝えてくれる。次はやってみようと思える教え方も、めちゃくちゃうまいんですよ」
その教えが形になった最初のゴールが、記念すべきWEリーグ初勝利となった第5節のサンフレッチェ広島レジーナ戦の3ゴール目だ。
「あゆ(仲田歩夢)が奪った瞬間にDFの背後に出られました。あれはずっとシノさんに言われ続けていたからあのタイミングで狙えました」
そして井上が今シーズン最も印象に残るゴールに挙げたのも広島戦だった。
「1点目です。ドリブルからのループは得意だったんですけど、なかなか結果につなげられなかったので本当によかったです」
シュートを放つ瞬間、彼女は5人に囲まれていたにも関わらず、思い切り右足を振り抜いた。あれから、チームにも井上自身にもある種の自信が生まれた転機となる試合だった。
予想もしていなかった代表招集
そんな井上に、なでしこジャパン初招集の知らせが届いた。
「選ばれるとは思っていなかったし、普通に驚きました。『自分ですか?』って(笑)。ケガをする前までは世代別代表やなでしこチャレンジに呼んでもらっていたので、いずれは行きたい場所でしたけど、ケガで約3年ちゃんとプレーできなくなったときに、『もう無理かな』と意識しなくなっていました。大宮アルディージャVENTUSに来てからは、感覚を戻すのに必死で……。アジアカップも見ていましたけど、『自分が出たらこうするだろうな』という感覚なんて全くなかったですから(笑)」
同世代も多く、緊張することなくチャレンジできそうだと語った井上。代表には気になる選手もいるらしい。
「植木理子選手(日テレ・東京ヴェルディベレーザ)です。同じFWでライバルではあるけど、常に背後を狙っているし、それがダメだったときの動き直しが上手。ボールを受けるタイミングがいいので、どんな動きをしているのか気になります。一緒に組んでみたい選手です」
その言葉どおり、代表合宿では紅白戦で井上&植木コンビが2トップに入る場面もあったのだが……。
「ただでさえ短い時間だったのに、直前にルカ(乗松)のボールが直撃してピッチから出ちゃったんですよ!」
結果的に二人のコンビはおあずけとなった形だったが、トップ、サイドハーフと複数のポジションに入りながら、強度の高いトレーニングもしっかりこなしていた。
「みんなうまいからボールがめっちゃ出てくる。男子高校生とのトレーニングマッチでも、攻められたけど戦えた部分もあったので、そこは手応えっちゃ手応えですかね。生き残れそうか?……それはわからないです(笑)」
今年は6月に海外遠征、7月にEAFF E-1サッカー選手権、9月にはアジア競技大会と多くの活動機会があるため、十分にチャンスはある。
一つでも順位を上げるために
初年度のWEリーグもいよいよ終盤戦に差し掛かろうとしている。残すは6だが大宮アルディージャVENTUSはWE ACTION DAYを挟むため、実質は5節。ここから井上の得点力がさらに重要になってくる。
「ちょっと遠目のシュートを狙っています。スルーパスを選ぶ傾向があって……自分でもパスを出した瞬間に『自分で打てたじゃん!』て思うこともあったり。そもそもシュートそんなに得意じゃないんですよね」
我らがエース、問題発言か(笑)!
「遠目はパワーがないので意識してなかったという意味です(笑)。(高橋)みゆきさんが得意なんですよ、めっちゃ飛ぶ! 自分はコース狙いです。まあこれもシノさん仕込みなんですけど(笑)。でも自分としてはスピードも武器なのでドリブルでは角度をつけたり、やりようによって選択肢が広がることを実感しながら目下、練習中です」
最近の試合では井上自身のゴールこそないが、カウンターに頼ることなく、ビルドアップにもテンポが生まれ、ようやく大宮アルディージャVENTUSのサッカーが構築されてきた。
「中断期間でボールをつなぐという意識を持って取り組んでいて、自分も裏だけじゃなくて足下で受ける回数も増えたし、中間のところで受けてドリブルもうまくハマり始めてきたのは前期とは違うところです」
後期からゴール裏で太鼓の音が響いていることも選手たちの大きな後押しになっていると言う。
「やっぱり生の太鼓の音は全然違いますよ! すぐわかりました」
ホームで勝利を手にしたあかつきにはイノダンスが見られるか?
「いや、マジで無茶ブリやめてくださいっ! そういうタイプじゃない……でも、ファン・サポーターのみなさんと勝利に沸きたいです」
今週末は前期の最終戦で上辻祐実のゴールが取り消され、悔しさの残るドローに終わったジェフユナイテッド市原・千葉レディース(4位)をNACK5スタジアム大宮で迎え撃つ。リーグ屈指の堅さを誇る守備陣を井上ら攻撃陣がどう攻略するのかも見ものだ。ここで勝点3を奪えば6位のVENTUSは勝点を20に乗せることでき、5位のマイナビ仙台レディース(勝点22)に肉薄できるチャンスだ。
「本当は第15節の日テレ戦が来るまでに勝利をつかみたかったけど、チャンスがあったのにゴールを決めることができず勝点を伸ばせなかったのは自分のミス。千葉Lには前期の悔しさもあるし、この対決を制して一つでも順位を上げたい。ゴールにかかわるプレーをたくさんします。スタジアムで一緒に戦ってくれるのがパワーになるので応援よろしくお願いします!」
千葉L戦で井上が爆発すれば、チームにも上昇気流が生まれ、再びのなでしこジャパン入りのアピールにもつながる。貪欲にゴールを狙う井上がNACK5スタジアム大宮を勝利の歓喜で満たしてくれるに違いない。
早草 紀子(はやくさ のりこ)
兵庫県神戸市生まれ。東京工芸短大写真技術科卒業。1993年よりフリーランスとしてサッカー専門誌などへ寄稿する。女子サッカー報道の先駆者であり、2005年から大宮アルディージャのオフィシャルカメラマンを務める。