日本初の女子プロサッカーリーグに参入して3シーズンを終え、VENTUSは大きな節目を迎えようとしている。最終節前から続々と届く引退や契約満了、移籍のリリース。新規チームということで、土台作りから着手した初年度から、初めてチーム構成が大きく変わろうとしている。
【ライターコラム】早草 紀子
選手が大きく入れ替わる新生VENTUS。そこには繋いでいきたいものがある
ここまでチームの柱となっていた鮫島彩 選手の引退という決断は、最も大きな衝撃だったのではないだろうか。「ここ数年は1シーズン、1シーズンをやり遂げようという気持ちでした」と本人も語っていたように、目の前の試合に集中してきたことは彼女のプレーが物語っている。
引退の決意を聞かされた直後の最終節であっても、守備では相手のスピードを見極めながら侵入経路を断ち、攻撃では常にビルドアップを狙ういつもの鋭さで相手を食っていくプレーを随所に見せた。彼女が築いてきた確かな経験値がいかんなく発揮され、そこには余裕すら感じさせるものがあった。
誰しもが「まだやれるじゃないか」と思ったはずだ。けれど、鮫島にとっての指標は「まだやれるかやれないか」ではなく、自分自身が「やり切ったと思えるか、思えないか」だった。
カラーのない新規チームを自分たちで成長させていくことは、「想像以上に難しかった」と鮫島は振り返る。VENTUSの選手たちの間で笑い声は絶えない。けれどその笑顔の数以上に苦しいことも多かった。カテゴリーも経験値もスキルもバラバラだった選手たちがチームカラーを模索しながらプロリーグを戦うことは、容易なことではなかった。
先陣を切ってふざけ倒したかと思えば、ピカイチのプロ意識を覗かせて、VENTUSというチームと成長しようとしてきた年月があったからこそ、鮫島は引退挨拶で「誰と一緒に戦うかが私には大切で、今後ろに並んでいるこのチームメイトたちに囲まれて、現役最後のときを迎えることを本当に幸せに思っています」という言葉を残したのだろう。
そして、有吉佐織 選手、上辻佑実 選手、すでに引退している阪口夢穂 氏を加えた通称87会(1987年生まれ組)の存在は、鮫島の、いや互いの原動力となっていた。
「なぜこれまでのキャリアを投げうってまで、難しいことが予想される新規チームを選んだのか」――加入当初、87会メンバーに聞いたことがある。「だから、ですよ」と有吉選手は笑った。「既存のチームはスタイルが確立してるじゃないですか。新規チームは自分たちで作っていくことができる。これは、立ち上げに関わった人にしかできないから」(有吉)。
そしてもう一つの大きな理由が「87メンバーに声がかかっていることは知ってたけど、みんながどんな答えを出すかはわからなかった。だけど、もしみんながVENTUSでプレーすることを決めたとき、そこに自分がいなかったら後悔すると思った」(鮫島)と嬉しそうに語ってくれた。
世代別代表で10代の頃からともに戦ってきた同世代が、サッカー人生を重ねた終盤に再びチームメイトとして戦う喜びは何にも代えがたかったということだ。3人になってからは徐々に同時にピッチに立つ時間が増え、喜びも悩みの共有できる瞬間も増えた。気がつけば3シーズンを走り抜いていた。
「このチームがより成長するために」――87会の面々が口にしていた1フレーズだ。彼女たちの行動は自身のためではなく、常にVENTUSの成長につなげるための決断の連続だったように思う。
最終節――自然と3人が揃う。いつものように写真の撮られ待ち。いつもと変わらない風景だった。違ったのは試合を終えて3人がピッチを降りる際、有吉選手が泣くのを耐えていたこと。彼女たちだけが分かち合える瞬間がそこにあった。鮫島選手が清々しく引退の挨拶をしている間の有吉選手、上辻選手は、応援するように祈りながら、彼女の言葉一つ一つを受け止めていた。そんな2人もVENTUSから離れることが決まっている。
「いつどんな時でも勝負にこだわること、一つひとつのプレーの質、コーチングの質、サッカーを楽しむこと、自分自身との向き合い方、チームメイトとの向き合い方…、たくさんのことを教えてもらいました」と語るのはキャプテンとして、DFとして、アスリートとして、87会から多くのものを注ぎ込まれた乗松瑠華 選手だ。だからこそ、来シーズンへ向けては並々ならぬ覚悟がある。
「1番大事な気持ちのところ、諦めないとか誰よりも走る、体を張ることは伝え続けたいし、示したいです。たくさんの選手が入れ替わって、また違うVENTUSになると思います。見てる人たちに楽しんでもらえるサッカーができるように、そして上位争いができるようにまたみんなで頑張ります! 」(乗松)。
選手が大きく入れ替わる新生VENTUS。そこには繋いでいきたいものがある。乗松選手をはじめ、引き継いだ選手たちが、受け継いだ種をどう花開かせていくのか――その使命を胸に抱きながら新たなシーズンに向けて走り出してほしい。
早草 紀子(はやくさ のりこ)
兵庫県神戸市生まれ。東京工芸短大写真技術科卒業。1993年よりフリーランスとしてサッカー専門誌などへ寄稿する。女子サッカー報道の先駆者であり、2005年から大宮アルディージャのオフィシャルカメラマンを務める。