柳井里奈 新監督インタビュー

WEリーグ3シーズン目を迎えるVENTUSに新しく柳井里奈監督が就任しました。柳井監督はアンダーカテゴリー代表として世界大会を経験しながらも24歳という若さで引退を決意します。現在34歳——1シーズン現役復帰したのち、指導を目指し、指導歴は9年に及びます。幼稚園生から社会人まで幅広い層に接しながら培ったノウハウを持って、ついに今シーズンからWEリーグに挑む新しい指揮官のあらゆる表情をご紹介します。

 ―柳井里奈監督は、流通経済大学女子サッカー部で指導されていましたが、シーズン途中にも関わらず、VENTUSの指揮を引き受ける決め手になったものは何だったのでしょうか?
柳井里奈監督(以下、柳井) 決め手というか、WEリーグを目指したいという意向は昨年末に大学側に相談させていただいていました。こういう仕事はタイミングなので、そこで動けないとチャンスは掴めません。それが思ったより早く来た、という感じでした。

―柳井監督が現役を引退したのが24歳。若過ぎてその決断に驚いたのを覚えています。
柳井 周りからも言われました()。一回引退して、実は一年後に一年だけ復帰してるんです。もともと指導者になりますって辞めた訳じゃなかったんですけど、当時の監督が指導してみれば?って声をかけてくれて、中学生を見させてもらっていました。その子たちにやりきらなきゃいけないよねって話をしたときに、ふと自分もそうだなと思って、一度復帰したんです。二度目の引退のときも、まだやれると言ってもらいましたが、やれるからやるって訳じゃないですよね。

―それでも、退く決意をしたのは?
柳井 FIFA U-20女子ワールドカップを戦った経験もそうですけど、ずっと「世界で戦いたい」、「代表選手になりたい」と思ってサッカーをしてきたんです。でもワールドカップで海外の選手と対戦をしたり、なでしこジャパンの人たちと一緒にプレーすると、自分を信じ切れなくなってしまった。そうなると、モチベーションが保てなくなりました。

―時期としても“なでしこジャパン”の勢いが出始めたときですね。そこから一気に世界一まで駆け上がりましたから。
柳井 「なぜ自分は代表になれなかったのか」——それを考えていくうちに、あれもこれもやっておかなきゃいけなかったことがたくさんあったなと思うようになりました。自分は感覚タイプで、しかもクラッシャーなタイプだったので()。でも、それだけじゃダメだった。止める、蹴る、見る・・・基礎スキルのところ、そういうものが圧倒的に足りてなかった。当時を恨んでる訳じゃないんですよ()?でも、もしかしたら指導者をすれば、ちょっとでも夢をかなえられる選手が増えるかなと思って、最初は育成年代の指導に興味を持ちました。サッカーしかしてこなかったし、普通免許しか持ってない人間が生きて行こうと思うとそれしかなかったというのもありますけど()

―その決断も若い時期ですよね。
柳井 ありがたいことに高校一年生のときから“Lリーガー”としてプレーさせてもらっていたので、経験値は意外と高いんですよ。ワールドカップ優勝メンバーや、その前の北京オリンピック時期に活躍したメンバーと一緒にプレーさせてもらってましたし、海外のブラジル代表とか韓国代表の選手もいて、いろいろ経験をさせてもらっている上で、自分がこういう結果ならもう無理でしょっていうのが見えてしまったんです。

 ―そういう見極める力も指導者として必要な要素だと思います。実際に指導する上で理想像というのは最初からあったのですか?
柳井 最初から変わらず「長所で勝負すること」です。足が速い、ボールスキルが高いとか長所って持って生まれたものも多いですよね。それは親から引き継いだものだからそこには絶対的に誇りを持って戦わないといけないと思うんです。そもそも、苦手なものは得意にならないだろうっていう自分の性格もありますけど()。世界を目指そうと思ったら長所はズバ抜けてないといけない、短所は人並みでなければならない。短所ですらスーパーである人が世界と戦うことができるんだと思います。

―短所をも強みにできたら最強ですね。
柳井 自分はDFだったので特に思ったのが、足が遅いってバレなきゃ遅い訳じゃないんです()。大事なのは遅いと感じさせないためにどうするのか。速いに越したことはないけど、遅いことが悪い訳じゃない。どうすればサッカーという競技においてその足の遅さをごまかせるんだっていうところが重要なんです。足が速く見えるっていう選手もいますよね。澤穂希さんはその究極だったと思います。フィールド測定はそんなに上位じゃないけど、世界で有数の選手に入ってくるじゃないですか。だから短所をダメだと言いたくないんです。でも長所を出さないときにはブチ切れます()

VENTUSにも短所に自信がない選手はたくさんいると思います。そしてもっと伸びるであろう長所を持っている選手も同様にいると思います。
柳井 個人的にはすべて選手のメンタリティだと思っています。自分は有吉佐織選手、鮫島彩選手、上辻佑実選手より年下ですけど、起用するしないは別にして、87のみなさんに絶対的な信頼を置いているのは、“プロフェッショナル”の部分です。彼女たちは“プロ”を自分の力で勝ち取ってきた人たち。WEリーグができて“プロになれちゃった”人たちとは埋めようのない差がある。若い選手たちには彼女たちのその背中をしっかり見てどんどんチャレンジしなければいけないんです。

―全員に言えることですね。
柳井 そうですね。今、ミーティングで選手たちに伝える資料を作ってるんですけど、その最後に「もう伸びしろはないか?」って言葉を入れてます。例えば87のお姉さんたちにもそれは当てはまることで。私は彼女たちにももっと伸びしろはあるし、今の彼女たちにしかできないプレーが絶対にあると思ってますから。挨拶をした際にも「ベテラン枠はないから」とすでに伝えてあります(笑)。

―一人一人がそこに向き合えば、確実にチーム力が上がりますね。
柳井 一人一人が10の力を持っていても足し算で終わらせるより掛け算になった方がより強くなる、それがチーム戦術です。日本はよくチーム力、組織力に長けていて、規律正しいと言われれます。素晴らしいことだけど、それで個の弱さをごまかすのは違う。個が高い選手はインテリジェンスも持っているので、戦術的にも戦えるんです。

―となると、まずは個のたたき上げですか?
柳井 もちろんそうです。VENTUSから育って出て行っても、違う場所で評価される選手になって欲しい。タレントが被っちゃったからここでは試合に出れないだけ、というところまで選手を持って行きたいです。それは一人の選手として魅力、価値がなければいけない。そういうところにはフォーカスしていきたいです。

―新生VENTUSをどんなチームにしていきたいですか?
柳井 心揺さぶるチームになりたいです。その揺さぶり方はたくさんあって、揺さぶられるタイミングも人それぞれです。だから、スタッフ、選手、サポーター・・・VENTUSに関わるみんなで心揺さぶるチームを作っていく——言うのは簡単ですけど、すごく難しいことですよね。選手たちには最初にVENTUSの5つの「V」を伝えようと思ってるんですけど、その一つはValue(バリュー)なんです。価値は他者が決めることですけど、宝のもちぐされにならないように。それらはVictory(ビクトリ―)から始まりますが、ちゃんと最後はVacation(バケーション)にしてあげてます(笑)。

―そういうところはさすがです()。自分たちで価値を高めながら勝利を掴んで行く——でもオンオフしっかりつけて・・・いいですね。
柳井 サッカーは人生を豊かにするスペックだと思ってるんです。サッカーをやめたあとの方が人生は圧倒的に長いです。個人的には永続的にサッカー人であることを身にまとって生きたいっていうサッカーオタクなんです(笑)。選手たちにもサッカーのすべてを楽しんでほしいんです。34歳の駆けだしの私に監督を任せてもらったからには、全力を注いで結果を勝ち取っていきたいと思ってます。今シーズンもVENTUSへの応援よろしくお願いします!


早草 紀子(はやくさ のりこ)
兵庫県神戸市生まれ。東京工芸短大写真技術科卒業。1993年よりフリーランスとしてサッカー専門誌などへ寄稿する。女子サッカー報道の先駆者であり、2005年から大宮アルディージャのオフィシャルカメラマンを務める。

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