ピッチで戦う選手やスタッフの素顔や魅力を、アルディージャを“定点観測”する記者の視点でお届けする本コーナー。前回に続いて「特別編」として、ジュビロ磐田から完全移籍で加入した中野誠也選手の人となりを、エルゴラッソの番記者さんに紹介していただきます。
Vol.56 森 亮太
173cmとストライカーとしては大柄ではない。それでもゴールの匂いがする場所には、必ず彼がいる。オフ・ザ・ボールの動きに長けていて、一瞬の動き出しでマークを外し、ゴールに迫る。彼が最も輝く瞬間だ。
昨シーズン、明治安田J2第6節・ギラヴァンツ北九州戦で途中起用からシーズン初得点をマークした際には、対戦相手の小林伸二監督が「ちょっと飛び出すタイミングが(他の選手と)違うんですね、中野選手は。そういうところでやられたなと思います」と絶賛した。常にゴールを狙うプレースタイルは、対戦相手からも、一瞬のスキも与えられない危険な存在として認識されている。
ゴールの形にもこだわらないのがまた彼らしさだ。「ゴールには常にこだわってやっていきたい」が取材時の決まり文句だったように、得点を奪うための泥臭さは魅力の一つ。昨年の第17節・アルビレックス新潟戦で話題にもなった自身の2得点目は、ゴールまでほぼ角度のないところから懸命にボールに食らいつき、スライディングでうまくゴールへ流し込んだ。
磐田のレジェンドでもある中山雅史氏を彷彿とさせるスーパーゴールには、「あの形はなかなかないけど、本当に泥臭くゴールを決めることは(以前から)多かった。今日はうまく出来過ぎくらいの泥臭さだったと思います。こういうゴールを増やしていきたい。これを続けていけるように自分としてはやっていきたい」と試合後に話すなど、自身の特長が最大限ににじみ出た得点だった。
類まれなゴールの嗅覚で、筑波大時代には2017年の天皇杯で5得点を記録し、得点王タイにも輝いた。当時ラウンド16で敗れた相手が今回移籍先に決断した大宮アルディージャであり、筑波大の中心選手として旋風を巻き起こした記憶が残っている大宮サポーターも多いのではないだろうか。翌年その活躍が認められて高校時代までアカデミーに在籍していた磐田へ加入し、プロとしてのキャリアをスタートさせた。
ただ、磐田では時に苦い経験も味わった。プロデビュー戦となった18年J1第5節・浦和レッズ戦では、途中交代からピッチに立つが、その後まさかの途中交代。ケガなどのアクシデントによるものではなかっただけに、表情から悔しさがにじみ出ていた。19年にファジアーノ岡山へ育成型期限付き移籍した際には、左膝前十字靭帯損傷というキャリアの中でも最も大きなケガに直面する。
そんな壁に直面してもひた向きにトレーニングに取り組む姿は、磐田の練習場で変わらず見られた光景だ。自分自身で課題を真摯に受け止めて、その壁を乗り越えようとハードワークする真面目さは、中野の特長的なパーソナリティー。真面目過ぎるがゆえに考え過ぎてしまう側面もあったが、地道な努力を続けられる。だからこそ順調に成長を遂げてきた。
昨シーズン終盤、新型コロナウイルスの影響でフォワードは人材不足に陥ったが、離脱していたルキアンや小川航基の穴を埋めた。彼らが得意としているポストプレーなど自身が得意としない役割も課せられたが、「今までに求められることがなかったけど、1トップに入るからこそ求められる部分。自分的にもだんだんと感覚はつかめてきていて、キープの数はまだまだですが、少し前に比べたら感覚は良くなってきているし、選手としてもプレーの幅を広げるためにはこういうプレーもしていかなければいけない。ポジティブに捉えながら試行錯誤しながらやっていきたい」と前向きに自身への成長につなげていく、貪欲なチャレンジ精神も兼ね備えている。試合を追うごとに「体を当てるタイミングが以前よりも違うタイミングになってきていることが自分でも分かっている」と、本人も好感触をつかむまでに成長する姿を試合で証明してきた。
大宮に移籍しても、そんな中野の姿勢は変わらないだろう。だからこそ新たな挑戦でどんな成長を遂げていくのか楽しみだ。コロナ禍による昨年のリーグ中断期間には、選手会の副会長として医療機関や自治体にマスクや消毒液を寄付する活動にも積極的に尽力し、ピッチ外でも貢献度の高いプレーヤーでもあった。大宮サポーターからも愛されるべき存在となっていくに違いない。
森 亮太(もり りょうた)静岡県を拠点としたサッカーライター。サッカー専門新聞エルゴラッソ記者として18年〜ジュビロ磐田、アスルクラロ沼津担当。『J’sGOAL』や『サッカーダイジェスト』などにも寄稿している。