【ライターコラム「春夏秋橙」】「このクラブでJ1の舞台に立つことをまだ諦めていない」

ピッチで戦う選手やスタッフの素顔や魅力を、アルディージャを“定点観測”する記者の視点でお届けする本コーナー。今回はチームの守護神・笠原昂史の魅力について、関係者の証言と本人の言葉を基に探っていく。

【ライターコラム「春夏秋橙」】戸塚 啓
「このクラブでJ1の舞台に立つことをまだ諦めていない」


南雄太が感じる変化

その存在が勝因に挙げられることは、残念なほど少ない。

しかし、間違いなくチームを支えている。

首位を快走するチームに、不可欠な存在となっている。

GKの笠原昂史だ。

今シーズンは開幕節から第15節まで、フルタイム出場を続けている。クリーンシートは6試合を数え、失点10はリーグ最少3位だ。

笠原の存在感を、彼を良く知るOBに語ってもらう。南雄太さんだ。2021シーズンの途中から昨シーズンまで大宮に在籍し、ともに競い合った。

「大宮はJ3ではやはり強いので、ずっと攻められるような展開はあまりないですよね。その中でカサが要所を締めているというか、危ない場面を止めて試合の流れを相手に渡さない。そういうプレーが、1試合に1回ないし2回はあります」

二人は2021年にチームメートとなったが、2022年は笠原がV・ファーレン長崎へ期限付き移籍した。翌年に復帰してくると、南さんはハッキリとした変化を感じたという。

「2021年にチームメートになったときは、自分がやらなきゃいけないとか引っ張っていこうという姿勢を、そこまで強く感じなかったんです。けれど、長崎から戻ってきてからは、自分がやらなきゃいけないという姿勢を感じるようになりました」

そもそも潜在能力は高い。「これはもう謙遜でもなんでもなくて」 と言って、南さんは率直な思いを明かした。

「対戦相手として試合をしていたときから、良いGKだと思っていました。なので、カサがいるのでなぜ自分を獲るんだろう、と思ったぐらいです。同じチームになって彼の技術の高さ、反応の速さなどはすばらしいと思いました。1対1の対応はホントに上手なので、参考にもしていました」 

チームメートが語る笠原のすごさ

現在のチームメートたちも、笠原に刺激を受けている。2022年から在籍する志村滉は、同じポジションならではの視点でそのプレーを語る。

「パワーというか、セービングの一歩で飛べる距離がすごい。助走なしの片足で、遠くまでいける。カサくんのサイズがあってこそのところはあると思うんですけど、距離が出るし速い。あとは、クロスはほとんど出られますよね」

クロスボールの処理については、J3の中で歴然とした差を見せつけている。南さんが解説する。

「J1やJ2のGKに比べると、J3はクロスボールに出られないGKが多い。出ても被っちゃうGKもいますが、カサはそういうシーンがほぼありません。J3の他のGKとは、レベルが違うなと思います」

志村が感じるのは「空気感」だ。

「今シーズンはより洗練されているというか、どんな場面でも入らないような空気感があります。それは毎試合、思いますね。『そこからじゃ打っても入らないよ』という感じがあるし、『やばいっ!』って場面で止めてくれますし。止めるのが普通、当たり前の領域になりつつある。マジですごいと思います」

志村が言う「空気感」を、加藤有輝は「力強さ」と表現する。笠原とは2018年から2020年にかけてともにプレーし、自身が期限付き移籍から復帰したことで再びチームメートとなった。

「セービングの力強さはもちろんあるんですが、僕が感じるのはメンタリティの力強さかな。カサくんがゴール前に立っていることで、安心できると。劣勢の時間帯でもブレないとか、落ち着いて対応している、とか。やるべきことをしっかりやっている。ゴールを守り、パスをつないで。プレーに無駄がないですよね」

ピッチ上でのパフォーマンスは、丹念な積み重ねが下支えとなっている。加藤は「いつも朝早く来て準備していますね。準備を怠らずにやっているから、試合でもああやってチームを救うプレーができているんだと思います」と話す。GK陣最年少の若林学歩も、笠原の入念な準備を目の当たりにしている。

「練習の前に僕がジムへ行くと、カサくんはもうストレッチを終えているぐらいなんです。コンディションを整えたり上げたりするために、自己投資もすごくしていると思います」

準備は成長意欲の表われでもある。若林が続ける。

「カサくんは今年で36歳になりますが、成長しようとすることをやめていない、と僕は日々感じています。僕が言うのも何ですけど、どんどんコンディションも上がってきて、試合でもシュートをバンバン止めていますし。若手のころからそうやってサッカーに向き合ってきたんだろうなと、と感じます。見習うところばかりです」

笠原は191cmで、若林は196cmだ。どちらも大型GKということから、参考にするべきところが多々あるという。

「カサくんが一番すごいなと思うのは、セービングのダイナミックさです。シュートをはじく力。パンチングもそうですが、外国人GKみたいに、バゴーンとすごい遠くにはじくので、はじいたボールを詰められることがほぼない。そういう失点はほとんど見ていないし、練習でも見ていません」

シュートをはじき出す力は、身体能力を無駄なく稼働させているからだ。そのうえで、バージョンアップをはかってきたのだろう。若林は「どんどん磨いていったのだと思います」と話す。

GKコーチからの視点

GKのプレーを語るうえで、GKコーチは欠かせない。今シーズンから就任した高橋範夫コーチにも、笠原のストロングポイントを聞いた。

「昨シーズンまでの彼を見ていて、経験があるのでゲームをしっかりマネジメントできる。背の高さとかキック力とか自分のストロングポイントを生かして、しっかり守ることができている、と思いました。今シーズンは彼のキック力を攻撃により生かすことに取り組んでいますが、それもうまくいってきているかなという印象です」

原博実フットボール本部長は、「今シーズンは足元のトレーニングが増えていて、試合でも怖がらずにフィードしているし、キックも落ち着いてつないでいる」と、変化を口にする。高橋GKコーチは「そこはもう、必要なことですからね」と頷く。

「GKには攻撃への関わりが重視されていて、効果的に関わればチームのプラスになる。うまく関われなかったら失点につながりかねないポジションですが、そのバランスをしっかりとりながら関わることができていると思います」

セットプレーのディフェンスにも、昨シーズンとの違いが読み取れる。ゾーンディフェンスからマンツーマンディフェンスに変えたことで、笠原の特長が生かされているのだ。

「カサは長身だし、クロスにも自信がある。彼の守備範囲をしっかり確保する意味で、今の守り方はやりやすいのかなと思います」

笠原自身は、髙橋GKコーチとの出会いをどのように感じているのだろう。落ち着いた口調に、ポジティブな思いが込められている。

「GKとして当たり前のことを、すごく整理してもらっている印象です。たくさんのGKコーチとやってきましたけど、僕にはすごく合っているというか」

合っているという感触を、より具体的に表現してもらう。「何て言えばいいですかね……」としばし黙考し、笠原は言葉をつなぐ。

「頭の中がすごく整理されて、やるべきことがより明確になっている。それでパフォーマンスを発揮できている部分が、かなりあると思うんです。やるべきことの精度を、シーズンを通して少しでも高めていく。すごく当たり前のことをやっていると思うんですけど、僕の考えではどのカテゴリーへ行っても、世界のどこへ行っても通用するスキルなんじゃないかなって思うので。自分の中で改善を加えながら、ポジショニングでも、シュートキャッチでも、精度を高めていく。キャッチできるボールを増やしていく。そういうことに、こだわっていけたらなと思います」



キャリアの円熟期を迎えて

4人のGKの中では、最年長となった。笠原自身に変化はあるのだろうか。

「特にないですね。一番上になったからこうしなきゃいけない、ああしなきゃいけない、というのは思っていなくて。自分なりの振る舞いでいいのかな、と思っています」

チームメートが語るGK像は、笠原の言葉にそのまま重なる。加藤は「どちらかと言えば、口で言うよりもプレーで引っ張っていくタイプですね。ピッチを離れたら優しいですよ」と話す。若林も「サッカーから離れたらふざけたりもしますし、先輩とか後輩とかを感じさせることもなくて。4人ですごくいい関係ができている」と笑みをこぼす。

笠原自身はいつだって等身大だ。自分を大きく見せることはなく、必要以上に控え目になることもない。35歳のチーム最年長として、良い影響を与えたいと考えている。

「GKのみんなも、フィールドプレーヤーの選手も、自分がしっかりやるところとかを見て、何か感じてもらえるところがあれば。僕はたくさんのことをうまくやるとか、器用なタイプではないので、自分のこの姿を見てもらえればいいかなと」

プロ12年目のシーズンを過ごしている笠原は、J1でのプレー経験がない。高橋GKコーチは「もちろん、J1でプレーしてもらいたいですよ」と、言葉に力を込めた。

「年齢とかが関係してくるのでしょうが、カサとはより高い目標を持ってレベルアップしていこう、という話をしています」

GKは選手寿命が長い。もっとも輝けるのは20代後半なのか、30代前半なのか。個人差がある前提で、南さんに聞いた。

「僕は40歳のときに横浜FCがJ1に昇格して、自分のパフォーマンスが良くて、『全然いけるな』という実感を得ていました。肉体的には少しずつ衰えていくかもしれないですが、年齢を重ねることでそれをカバーできるぐらいの経験を積み重ねていく。35歳を超えたぐらいからは、頭でイメージしていることが体と一致してくるという感覚がすごくありましたね」

と、いうことは──。35歳の笠原は、今まさにキャリアの円熟期なのかもしれない。南さんも「すごく充実しているのでは」と推察する。

レベルアップの意欲は決して尽きることがなく、衰えどころか進化を感じさせている。あとは、チームの結果だ。

簡単には言い尽くせない思いが、胸中で渦巻いている。

「2018年にここに来て、J1に上がるためのピースとして加わらせてもらった中で、全然結果が出ずに、結果的にJ3で。すごく考えることもあったし、悩む時期もあったし。カテゴリーは下がりましたけど、このクラブでJ1の舞台に立つことをまだ諦めていないし、それを達成するまでやめられないぐらいの思いでもいます」

チームの勝利に貢献する。ただその一点に集中し、笠原はピッチに立つ。

「皆さんご存知のとおり、多くのことを器用にできるような選手ではないので、自分のできること、できるプレーを、水準高くしていくことが大事かなと思う。そういうところでは、今シーズンは思い切ってプレーできている、試合の中でいろいろなことにトライできているというのがあります。それをやっぱり、結果につなげていきたいという思いは強いです」

J3からJ2へ。J2からJ1へ。大宮をあるべき姿へ戻すために、笠原は蘊奥(うんおう)を極めていく。


戸塚 啓(とつか けい)
1991年から1998年までサッカー専門誌の編集部に所属し、同年途中よりフリーライターとして活動。2002年から大宮アルディージャのオフィシャルライターを務める。取材規制のあった2011年の北朝鮮戦などを除き、1990年4月から日本代表の国際Aマッチの取材を続けている。

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