ピッチで戦う選手たちの素顔や魅力を、アルディージャを“定点観測”するオフィシャルライター陣の視点で、毎月1回程度お届けします。
生え抜きGKが見据える先
シーズンが佳境を迎え、1点の重みを誰もが感じている。見ているだけでも、ワンプレーに騒ぐほど喜んだり、声を失う程の失望を覚えたりするくらいだ。ピッチの中にいる選手たちは、もっと強い緊迫感の中でプレーしている。
そんな中、堂々としているなと感じるのが、21歳のGK加藤有輝である。公式戦の出場が今シーズンからとは思えないほど、しっかりと自身の特長を発揮している。ピンチで鋭い反応を見せ、クロスボールや1対1に対しても積極的に対処する守備面だけでなく、攻撃面でも「自分がアシストするくらいの気持ちでやっている」と話すように、貢献度が大きい。
最後尾に位置するGKが、正確なボールコントロールでビルドアップの起点になるプレーは、アカデミーで磨いてきたものだ。バックパスの処理も安定しており、ボールをキャッチすればFWへパントキックを通す。
「楽しいですよ、今。試合に出て、勝ったり、負けたり、引分けたり。いろんな試合がありますけど、この気持ちを味わうために苦労してきたので。サッカー選手(の生きがい)って、こういうことなんだなと感じています」
勝つか負けるかの意味がより大きくなる終盤戦、その瀬戸際を、加藤は思い切り楽しんでいる。明治安田J2第31節・FC町田ゼルビア戦。立ち上がりの失点は、守備陣のクリアミスによって生じたピンチから押し込まれたものだった。
GKに止めろと言うには厳しい場面だが、「GKコーチの藤原さんとも話しましたけど、自分の力で止められないシュートではないと思います。最初のクリアのところで、もっと声をかけられたと思うし、イレギュラーの状況ではありましたけど、味方のカバーもありましたから。シュートに対する角度をもっと強めて、予測して面を作って体に当てられたはず。ああいうところで一発止める力強さがあれば、もっとチームを勝たせることができるはず。あの1本を防げるかどうか。また、やり直していきたいです」とポジティブに課題を抽出し、結果を受け止めていた。前向きで、全てが成長のための刺激でしかないという雰囲気が頼もしかった。
公式戦の経験は、まだ2カ月ほど。本当にプレッシャーを受けるのは、これからなのかもしれない。しかし、この男が逃げ出したいと思うことはないだろう。2016シーズンにユースから4人同時のトップ昇格でチームに加わったが、他チームへの移籍も含めて仲間が次々に公式戦デビューを果たす中、加藤だけは出場機会を得られなかった。チャンスが訪れそうなタイミングで負傷が重なるなど、不運にも見舞われ、焦りは隠せなかった。移籍をしなければならないのかと考えた時期もあるという。しかし、その忸怩(じくじ)たる思いの中で、たどり着いたのが今の境地だ。
「プロになって1、2年目は、失敗や失点にビビっていた。それが良くないと思って、昨年の大きなケガ(右肩関節脱臼)のときに見つめ直して、今につながっています。1試合ごとに振り返ることは大事ですけど、次の試合はすぐに来る。落胆を引きずっていたら、チームに迷惑をかける。しっかり切り替えてやれていますよ。試合を見ている方が、失点に関して不満を言っても普通のことだと思いますし、そのプレッシャーを楽しめるくらいのメンタリティーじゃないと、上にはいけないと思っています。J2でやっていることも満足ではないし、J1の上位争いの中でプレーする勢いでやっていかないといけない。自分がチームを背負って立つ覚悟でやっていきたいです」
ミスをすれば、出番は再びなくなるかもしれない。しかし、緊迫感が高まっていく時期、圧力に負けずに力を発揮するには前向きな姿勢が重要だ。ミスを恐れて大胆さがなくなれば悪循環だと、悔しさの中で学んできた。若き守護神は、過去の苦しみの上に立ち、前を向いている。
平野 貴也(ひらの たかや)
大学卒業後、スポーツナビで編集者として勤務した後、2008年よりフリーで活動。育成年代のサッカーを中心に、さまざまな競技の取材を精力的に行う。大宮アルディージャのオフィシャルライターは、2009年より務めている。