【ライターコラム「春夏秋橙」】飾らない、ひたむきな姿勢で愛された男が残したもの

ピッチで戦う選手やスタッフの素顔や魅力を、アルディージャを“定点観測”する記者の視点でお届けする本コーナー。今回は、今季からアルディージャに加わった杉本健勇を特集。昨季プレーした横浜F・マリノスではどのような存在だったのか、横浜FM時代を取材した番記者が元チームメートたちの声を拾いながら、杉本の素顔に迫りました。

【ライターコラム「春夏秋橙」】大林 洋平
飾らない、ひたむきな姿勢で愛された男が残したもの


結果を残せずもがいた横浜FM時代

「またマリノスでプレーしたかった。自分もJ1で優勝したいし、チャンスが目の前にある。自分が試合に出る努力をして必ずつかみます」

昨年3月、横浜F・マリノスへの2度目となる期限付き移籍が発表された翌日に開かれた加入会見。横浜FMでの明るい未来を思い描いていたのだろう。トリコロールのユニフォームに身を包んだ杉本健勇は笑顔を交えながら意気込みを語り、完成したばかりのクラブハウスの真っ新な空間に、その端正な顔が映えていた。

杉本は21年にもシーズン途中、横浜FMに加入した経緯がある。その年はリーグ戦11試合出場3得点を記録しており、「フルシーズンならばもっと」という期待感があったのも事実だ。しかし、ここ数年、杉本が陥っている負のスパイラルを抜け出すのは簡単ではなかった。シーズンインから約1カ月後というイレギュラーな移籍だったこともあり、2023年もどこかチグハグな状態が続いていく。

「そのときはマリノスで勝負したいという気持ちが強かったので自分が決めた決断ですし、何も後悔はしていません」

杉本本人はこう振り返るが、本来、周りとの連係を高め、アピールに重要な時間となるキャンプを含めたプレシーズンを一緒に過ごしていないことが思った以上に足かせとなった。ましてや前年はカテゴリーが1つ下のJ2でプレーしており、1つ上のカテゴリーの感覚を取り戻すには時間がかかるのは当然といえば、当然だろう。

そのハンデに輪をかけたのが公式戦出場資格の問題。すでにジュビロ磐田でのルヴァンカップの出場歴があったため、レギュレーション上、5試合残っていたグループステージへの出場資格がなかった。低い序列のスタートであれば、カップ戦でのアピールが欠かせないにも関わらずだ。

「自分のコンディションがかなり上がってきた中、試合に出られなかったのは非常に難しかったのですが、そこは我慢の時期でした。でも、その後に出られなかったのは、やっぱり自分の問題です」

限られたリーグ戦の時間で結果を残すしかない中、杉本の言葉も的を射る。5月までの約2カ月間、すべて途中出場とは言え、2021年の杉本を知るケヴィン・マスカット監督(当時)から計6試合55分間を与えられるもそのチャンスをモノにできない。その後は肩や足指の負傷も重なり、8月以降はベンチ外が続く。シーズン初ゴールは10月のJ130節・北海道コンサドーレ札幌戦まで待たなければならなかった。 

直後のAFCチャンピオンズリーググループステージ第3節・カヤFC(フィリピン)戦では先発に抜擢されて公式戦2試合連続ゴール。ここから波に乗るかと思われたが、連続先発した第4節・カヤFC戦では東南アジア特有の高温多湿の環境に適応できず、低パフォーマンスに終始してしまう。その後はそこでの評価を覆せず、試合に絡むことなく、シーズンを終えた。苦しいシーズンを杉本はこう振り返る。

「磐田で始まって、そこから急なタイミングで出て行ったので、いろいろな感情がありましたね。マリノスでも難しいことはたくさんありました。ただ、自分のことは横に置いておいても、リーグ優勝を目指し、どのような形でも貢献したい気持ちはあったので、非常に悔しい残念なシーズンとなりました」

 

元チームメートたちが杉本を慕う理由

ただ、杉本は試合から遠ざかる間、腐っていたのかというとそうではない。むしろ、どんなトレーニングでも手を抜かない姿がとても印象的だった。試合日のメンバー外練習でも同じ2023年に加入し、J1への適応に苦しんでいた井上健太ら若手に交じって真剣に汗を流したという。第30節・札幌戦のゴールの後、「俺より健太のほうが喜んでいました()」と明かすなど、チームメートの人望も厚い。そして、その井上には札幌戦前日に激励のLINEを送るなど、悩める後輩を気遣う優しさも持つ。

30節・札幌戦でシーズン初得点を挙げた

2021年と2023年の延べ2年間、取材した身としては、杉本が発するどの言葉にも虚飾がなく、オープンマインドで質疑応答に応えてくれる貴重な選手だった。歯に衣を着せぬ物言いから誤解を生みやすいイメージがあるかもしれないが、逆に飾らない本音には信頼が置けると感じていたのは自分だけではないはずだ。 

そんな杉本と横浜FMの計1年半だけでなく、セレッソ大阪でも2年間、一緒にプレーし、ルヴァンカップのタイトルを獲るなど喜びを共有してきたのが水沼宏太。杉本の良き理解者でもあり、苦しい1年を見守ってきた一人でもある。

「健勇の中にも自分はもっとできる、という気持ちはあったと思います。試合に出てもっともっとゴールを決めたい気持ちもあったはず。外から見ただけだと、健勇は必死さが足りないように見えるところがあるかもしれないけど、『絶対に負けたくない』という熱い気持ちがある選手です。(自身の立場に関わらず)周りへの声掛けやみんなで成し遂げようとする姿勢は、仲間として心強かった。すごく仲間想いなのは昔から変わりませんし、マリノスでも変わりませんでした」


C大阪と横浜FMでチームメートだった水沼()と杉本

「ここ最近、あんまりいないタイプの選手です。周りからの見られ方を気にして、自分を大きくしていくのが今の時代ですが、彼はそうじゃありません。目に入るモノや雑音は多くなってきていますが、そこに対してアイツは何も表現はしませんでした。アイツは自分なりのプライドを持って、変な方向にパワーを向けるのではなく、ひたむきにやっていました。だからマリノスの選手やマリノスに関わる人たちは健勇への期待感もありましたし、健勇の気持ちを受け止めているところがあった。アイツ自身もマリノスにいて幸せだったはずです」 

杉本の2023年のスタッツを見れば、リーグ戦出場8試合1得点。けっして目を引く数字ではないが、数字には表れないトリコロールとの蜜月が確かにそこにはあった。 

その事実を補強するのが今季、6年連続で主将を務め、横浜FMのバンディエラとなりつつある喜田拓也だ。「健勇くんが2021年に来る前と今ではイメージはガラッと変わりましたね。それまでは絡んだこともなく、世間一般でいうヤンチャな印象しかありませんでした()」と冗談めかした後、こう続けた。

「ヤンチャだったり、一匹狼だったり、仮にマイナスなイメージがあるのであれば、僕は声を大にして全否定したいですね。むしろ、彼には感謝しかありません。彼のキャリアだけを考えれば、いろいろな振る舞い方があったはずです。キャリアも長く、実績を残してきた選手であれば、プライドが変な方向に出ることが往々にしてある。でも彼が見せた練習への姿勢、チームに対する姿勢はマリノスの色を体現していました。一緒にやればやるほど、魅力が伝わる人です。現に“マリノスファミリー”は健勇くんのことがみんな好き。もうそれが答えではないでしょうか」


主将を務める喜田も杉本を慕う中の一人

喜田によると、メンバー外の練習で一緒になった若手からは「健勇くんの話」がすごく出ていたそうだ。杉本自身には伝えていないそうだが、腐らずやる姿は周りに与えた影響も大きかった。杉本自身が全身全霊で取り組んでるからこそ言い合えるし、相手の心にも響く。杉本はその良い循環の歯車の一つの役割を担っていたという。

 

新天地でも変わらずに貫く姿勢

そして、横浜FMで見せ“健勇流”のチームファーストの姿勢は、杉本が復活を遂げる舞台に選んだ大宮アルディージャでも見られている。練習中、周囲への要求のレベルは高い。相手が誰であろうが、忌憚のない意見を発する。それは今年11月には32歳を迎え、より大人となった杉本の責任感も無関係ではないはずだ。

「年の離れた若いヤツが多いので面白いですね。ただ、ピッチに入ったら年齢は関係ない。仮に言い合いになったとしても、殴り合いになったとしても、関係ない。最初は少し気持ちが弱いというか、薄いと感じました。例えば、トレーニングでも下が上に思うことがあるけど、言ってない心が俺には見えています。それをもっと言っていかないと、チームは強くなりません。もう俺は言っていますし、逆に言ってきてもいい。仲間なのでピッチを出れば、引きずることなんて一切ない。ピッチの中と外のメリハリは、今だいぶ良くなってきたと感じています」

この“健勇節”もマリノスの中心的立場を担う水沼や喜田の言葉をスッと肚落ちするのではないだろうか。杉本と同様、変わらなければならないのは今季、初めてJ3で戦う大宮アルディージャも同じ。光も影も、酸いも甘いも知る杉本は杉本なりに新風を送り込んでいる。

「自分たちもファン・サポーターも年間を通して地に足つけ、助け合っていかなければなりません。どんなことがあっても、自分たちは優勝の目標を絶対に変えることはない。だから、信じてついてきてほしいです。長い道のりにはなりますが、この1年が終わったとき、みんなでNACKで喜び合えるよう、1試合1試合よろしくお願いします」

兎にも角にも1シーズンでのJ2復帰――。C大阪時代に見せたあの強くしなやかな“ケンユウ”が蘇ったとき、それが現実となる。

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