【ライターコラム「春夏秋橙」】燃え盛る情熱。岡山の街を熱狂させた忘れられない4年間

ピッチで戦う選手やスタッフの素顔や魅力を、アルディージャを“定点観測”する記者の視点でお届けする本コーナー。今回から2回連続で、過去、長澤徹監督を取材してきた番記者に、長澤監督がどのような指導をしてきたのかを執筆してもらいました。1回目は2015-2018シーズンを監督として過ごしたファジアーノ岡山時代を紹介します。

【ライターコラム「春夏秋橙」】寺田 弘幸
燃え盛る情熱。岡山の街を熱狂させた忘れられない4年間


指揮官の信念を感じた就任会見

長澤徹監督がファジアーノ岡山を率いた4年間は、クラブに関わるすべての人々がJ1に近づいていく興奮の中に身を置き、岡山の街が熱狂していくところも目の当たりにした、かけがえのない日々だった。そして、多くの選手たちがブレイクスルーを遂げた4年間でもある。退任から5年が経ったいま長澤体制を回想しても熱い思いが込み上げてきて、岡山がクラブとしてステップアップした期間になったと間違いなく言い切れる。

熱き指揮官の物語が始まった201412月の監督就任会見は、新監督の人柄があふれ出たとても誠実な会見だった。象徴的なシーンは会見の中盤にあった「好きな言葉やモットーにしていることはありますか?」という質問に対する受け答え。長澤監督は少し語気を強め、こう言った。

「『灰頭土面(かいとうどめん)』です。泥だらけになっても、埃だらけになっても、前へ進んでいく。そういう意味のある禅の言葉なんですけど、これが大好きです。カッコつけずに、自分のありのままの姿で 、泥だらけになっても、何をしてでも、チームを率いて前へ進んでいく。燃える闘魂でありたいと思います」

指導者としての信念もはっきりと口にした。

「チームを率いるにあたって、僕の役目は選手の躍動感を引き出すことだと思っています。これまでも選手の真正面に立ってデリカシーなく思ったことを伝えてきました。それはこれからも貫きます。思ったことを誠実に伝えながらチームを同じ方向に引っ張っていき、有名な選手を集めるよりも、今いる選手の成長に懸ける。それが僕のスタンスです」

 

結果が出ずともブレなかった初年度

1年目の2015シーズンは、元日本代表の加地亮と岩政大樹が加入して、クラブとしてもJ1昇格へアタックしていく意思を明確に打ち出した中、長澤監督は我慢強く選手たちの個性を生かしたチームを作り進めた。ビッグネームが加入しただけになかなか結果が出ないことへの落胆はチーム内外で大きかったが、その場しのぎで結果を求めなかったからこそチームには翌年にJ1昇格へチャレンジできる強固な土台が築かれていた。

キャプテンを任され長澤監督とともにチームを導いてきた岩政は、1年目を終えて確かな手応えをつかんでいた。

「みんなの中でずっと迷いながらサッカーをしてきて、結果があまりに出ないことによって整理せざるをえない状況になってから、やっと新しい自分たちのやり方、これからのファジアーノのやり方が見えてきた。(監督に)『これをやれ』と言われて、『はい、分かりました』ってやるほうが目先の結果は出やすいけど、我慢強くチームを作ってきたことによって強固になっている」

そして、2016年は“勝負の1年”となった。

 

岡山がJ1に最も近づいた瞬間

「選手たちにも『今年しかない』という言い方で統一している。クラブのこれからの中長期な計画においても、昇格を狙えるのは今年しかない。今シーズンはすべてを集結させてパワーを出すシーズンになる」

長澤監督がきっぱりと目標を明言してスタートしたシーズンは、岩政を中心に築いてきた土台に、新たに加入した赤嶺真吾や豊川雄太たちストライカーが力を付け加え、目論見どおりにJ1昇格レースを引っ張る存在になった。

岡山の街もチームの本気度が伝わって日に日に熱を帯びていく。J1昇格と平均入場者数1万人の目標を同時に達成するために『CHALLENGE 1』を掲げてフロントスタッフも奔走する中、ファン・サポーターの関心もどんどん高まっていき、夏には前年から期限付き移籍でプレーしている矢島慎也がリオ五輪のメンバーに選ばれた。

チームは目標に向かって一戦一戦に緊張感を持って臨んだ。その姿にファン・サポーターも感化されて応援の熱を高めていき、その熱狂の中で選手たちが成長を遂げていく。この素晴らしいサイクルの真ん中で、長澤監督はいつもどっしりと構えていた。

シーズンが後半に入るとプレッシャーも大きくなり焦りも生じた。第24節の横浜FC戦はミスから先制点を奪われてチームの一体感を失い、4試合勝ちなしとなった。試合後に岩政は「イライラを顔に出す選手もたくさんいて、それによって自分のプレーの精度も落ちる選手もいた。誰がどうこうと言うよりも、チーム全体でその流れを変えることができなかったのが残念だった」と落胆したが、指揮官は一切動じなかった。

次の試合までの準備期間は3日間しかなかった中、長澤監督が伝えたメッセージは一つ。「やり方は一切変えない。貫くだけ」。その間に選手同士でミーティングを行ってもう一度チームとして一つにまとまることの重要性を確認し、第25節のモンテディオ山形戦で岡山は1-0で勝利する。困難も自分たちで乗り越えていくたくましいチームの姿を見て、長澤監督は珍しく笑みをこぼした。

「痛い思いをしながら、苦しい思いをしながら、チームみんなで自分たちのやるべきことが何なのかをしっかりとつかみ始めているね」

シーズン終盤にも苦しんだが、それでもチームが崩れなかったのは長澤監督が強固なつながりのあるチームを作ってきたからに他ならない。最終節に平均入場者数1万人を達成してクラブ史上初のJ1昇格プレーオフ進出を決め、準決勝で松本山雅FCに勝って決勝までコマを進めた。岡山の街が熱狂に包まれて迎えた決勝戦ではセレッソ大阪に敗れ、夢破れた。あと一歩、本当にあと一歩だけ届かなかったが、長澤監督は毅然として一切の恨み言を言わなかった。

「胸を張って岡山に帰ろうと思います。選手はよく戦いました。最後まであきらめずに戦い切ったことを非常に評価しています。無念ではありますが、その無念が次への思いとか願いとか祈りとかを輝かせる。そう思っていますので、この敗退をしっかりと受け止めて次に向かう一歩にしていきたいと思います」

そう言ってキンチョウスタジアムを後にした長澤監督は、翌シーズンも、翌々シーズンも、変わらぬスタンスでチャレンジを続けた。チームとして結果が出なかったことは残念でならないが、長澤監督の下でプレーした選手の多くがJ1クラブからオファーを受けて挑戦している現実が、選手の成長に懸ける指導者の力量が確かなことを示している。

長澤監督はトップダウン型のリーダーと言うよりもボトムアップ型のリーダーと言えるだろう。だから強烈なリーダーシップは見えにくいかもしれないが、常に燃え盛る情熱を持ち、誰よりもたゆまぬ努力を続け、チームを引っ張っていくリーダーだ。そして、どんなときも選手に誠実であり続け、選手の成長を信じきるリーダーだ。そんな監督が率いるチームのサッカーが熱くないわけがない。見る者の心を揺さぶらないわけもない。今年の大宮は熱くなり、クラブに関わる人々にとって忘れられない日々になっていく。それは間違いないと思う。

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