Vol.031 岩本勝暁「痺れるようなあの感覚」【ライターコラム「春夏秋橙」】

ピッチで戦う選手たちの素顔や魅力を、アルディージャを“定点観測”するオフィシャルライター陣の視点で、毎月1回程度お届けします。

Vol.031 岩本 勝暁
痺れるようなあの感覚

僕には、感謝してもし切れない人物が二人いる。どちらも今の仕事に直結しているのが、その理由だ。一人は、文章を書く楽しさを教えてくれた大学時代の友人。そしてもう一人が、サッカーの楽しさを教えてくれた高校時代の友人である。3年生のとき、彼はサッカー部のキャプテンだった。

サッカーの楽しさを教えてくれた――といっても、特に何かをしてもらったわけではない。彼からすれば、ただの練習相手。僕に何かを教えるつもりはなかったと思う。ただ、30メートルくらい離れた距離から、何度もボールを蹴り合っていただけだ。時間にすれば30分か、せいぜい1時間といったところ。チームに朝練がなかったので、1時間目の授業が始まるまで、ただひたすらボールを蹴っていた。

一つだけ、自分で決めていたルールがあった。それは、彼が要求する位置にピンポイントでボールを蹴ること。胸、右足、左足――。正確なコントロールが求められた。おかげで足が遅く、球際に強いわけでもなく、特別なテクニックがあるわけでもない平凡な選手だった僕が、ロングキックだけは自信を持つことができた。

忘れられない試合がある。一度だけ、練習の成果がはっきりと出たのだ。公式戦ではない。ただの練習試合だった。ポジションは今でいうボランチ。ハーフウェーライン付近でボールを持って前を向いた。そのとき、相手ディフェンスラインの裏を目がけて、右サイドを走り抜ける選手が視界に入った。

確かに見えた。ボールの軌道だ。見えた、気がした。それに合わせるかのようにボールは左にカーブを描き、DFの頭を超えて走り抜ける選手の足元にピタリと落ちた。その後、どうなったのかは覚えていない。ただ、ボールの軌道と右足の感覚だけは、今でもはっきりと思い出せる。

あの感覚を、もう一度、味わいたい。そのためにサッカーを続けてきた気がする。それくらい、痺れるような体験だった。そして、あのときの記憶を失わないために、今のこの仕事を続けている。

4月3日のファジアーノ岡山戦で、ようやく今シーズンのホーム初勝利を手に入れた。劇的な逆転勝利だった。後半アディショナルタイムに始まるチャントが耳から離れない。試合終了を告げるホイッスル。歓声が地鳴りのように響きわたった。

ホームでの勝利は格別だ。試合後のミックスゾーンは、逆転ゴールを決めた畑尾大翔の周りに記者が集まった。思えば、前節のV・ファーレン長崎戦では開始早々にヘディングシュートをポストに当てている。それだけに、試合前から周囲の人たちに発破をかけられていたという。

「中3日の間にかなりイジられましたけど、『僕、大事なところで点を取るんで』って冗談で言い返していたんです。結果的に大事なところで点が取れて良かった(笑)。ホームでの勝利はうれしいですね。サポーターの皆さんも、あんなに喜んでくださっていた。目に見える形で結果を出せて良かったです」

ホームゲームは、アルディージャを思うたくさんの人たちによって、あの雰囲気が作られている。あの感動を、もう一度、味わいたい。何度も、何度も味わいたい。そのために、またNACK5スタジアム大宮に足を運んでいる。


岩本 勝暁 (いわもと かつあき)
2002年にフリーのスポーツライターとなり、サッカー、バレーボール、競泳、セパタクローなどを取材。2004年アテネ大会から2016年リオ大会まで4大会連続で現地取材するなど、オリンピック競技を中心に取材活動を続けている。2003年から大宮アルディージャのオフィシャルライター。

FOLLOW US