Vol.009 早草 紀子「気迫のクラッシュ」【ファインダーの向こうに】

クラブ公式サイトなどで目にするアルディージャの写真は、その多くがプロのカメラマンが撮影したものです。彼らが試合中に見ている選手たちの姿は、スタンドから見ているそれとは少し違います。ファインダー越しにしか見えない風景を、クラブオフィシャルカメラマンが綴ります。

Vol.009 早草 紀子

気迫のクラッシュ

待ちに待ったJリーグ再開の見通しが示された。さあ、どう気持ちを上げていこうか。2015年のJ2優勝を決めた大分トリニータ戦を振り返って気持ちを高めようか。2015年の撮影データを見返すうちに、その2節前の試合で、ある写真に目がとまった。

第38節を終えて、大宮は首位をキープしているものの、直近4試合は足ふみ状態が続いていた。何としてもこのホームで悪い流れを断ち切ってしまいたいと誰しもが願っていたはずだ。相手は奇しくも当時、高木琢也監督が率いていたV・ファーレン長崎。渡部大輔選手の強烈なミドルと、ドラガン・ムルジャ選手のヘッドで2点のリードを奪う。ここまでは上々の流れだった。

しかし、これでひと安心とならないのがサッカーの怖いところ。すぐさま1点を返され、リードはわずか1点。ここで失点を許せば、この試合の行方だけでなく、優勝の行方さえ見失いかねない。スタジアムには言いようのない不穏な空気が流れた。

負の感情を文字通り跳ねのけたのが、菊地光将選手と河本裕之選手の両センターバックを中心にした守備陣だった。パワープレーに切り替えた長崎の攻撃陣を、体を張って阻止していく。一度や二度の話ではない。どれだけ押し込まれようと、一つひとつ冷静にかき出していくのだ。クリアするたびに、無意識に止まってしまっていた息をそっと逃す。その繰り返しだった。

そんな中で究極に引き上げられた気迫を感じずにはいられなかったのが、この写真のプレーだった。常に互いの距離感を気にしながらバランスを取っている二人。ゴール前でない限り、この二人が一つのボールに同時に反応することは極めて稀だ。この攻防の最後のプレーは、そんな二人によるこん身のクリアだった。

ゴツン! という音が聞こえそうだった。空中で激突した二人はそのまま落下していくのだが、しっかりとボールはクリアされていた。直後に訪れた幕引きを告げるホイッスルの後、何とか二人そろって無事な姿が見られて、ようやく安堵。ピッチ上ではいつもクールな二人の気迫がビシビシと伝わってきた。

勝点3が加わったことはもちろん、守備陣全員が見せた粘りの末の勝利は、ホーム最終戦でつかむ優勝への大きな大きな一歩だったと、あらためて感じるのだった。


早草 紀子 (はやくさ のりこ)

兵庫県神戸市生まれ。東京工芸短大写真技術科卒業。1993年よりフリーランスとしてサッカー専門誌などへ寄稿する。2005年から大宮アルディージャのオフィシャルカメラマン。

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