Vol.006 早草 紀子「歓喜の中の静寂」【ファインダーの向こうに】

クラブ公式サイトなどで目にするアルディージャの写真は、その多くがプロのカメラマンが撮影したものです。彼らが試合中に見ている選手たちの姿は、スタンドから見ているそれとは少し違います。ファインダー越しにしか見えない風景を、クラブオフィシャルカメラマンが綴ります。


Vol.006 早草 紀子

歓喜の中の静寂


大きな、大きな勝利だった。11月2日に行われた明治安田生命J2リーグ第39節、柏レイソルとの直接対決は、スタジアム中をシビれさせた。

試合終盤。追加点を信じてアルディージャの攻撃側に張り付いていたものの、彼らの鬼気迫る守備を見て、どこかのタイミングで守備側に走ろうと決めていた。わずかな距離にもかかわらず、望遠レンズとカメラが合わさった重量を、これほど恨めしく思ったことはあっただろうか。

何とか間に合った。相手の攻撃を防ぐたびに観客席が沸き上がる。この試合は、コイントスで普段とピッチが入れ替わっていた。NACK5スタジアム大宮で、後半にホーム側で守備をする形になることは稀だ。結果として、これ以上ない苦しい状況で、オレンジ色に染め上げられた観客席からの熱量をダイレクトに感じることができたのだから、あのコインには感謝しかない。

勝利の瞬間、これほど力を出し切った達成感を表す選手たちを見たのは初めてだった。終了ホイッスルの瞬間にカメラで誰を追うかは、賭けでもある。その瞬間に背中を向けるかもしれないし、意外と地味……いや、クールだったりすることもある。このときは迷いに迷って河本裕之選手に狙いを定めた。

こういうときに限って、狙った選手が相手選手と被ってしまい、見えなくなるというのもよくある話で。「どいて~!」と心の中で叫んでいたとき、フレームの左側で誰かが崩れ落ちるのが見えた。それが石川俊輝選手だった。

しばらく動くことができない石川選手。一人の選手に長く留まることはできない。すぐさま他の選手の歓喜の表情を仕留めていくも、どうしても気になって再び石川選手にフレームを戻す。まだ、彼はそこにいた。

次の瞬間、仰向けになったことで表情がハッキリと見えた。達成感とも安堵感とも取れる何とも言えない表情。彼の元に次々と選手が声を掛けにやってくる。誰もが全力で勝利を噛みしめていた。ピッチとスタジアムの一体感を最も感じた激戦だったからこそ、印象に残ったのは、この静かな一枚だったのかもしれない。

早草 紀子 (はやくさ のりこ)
兵庫県神戸市生まれ。東京工芸短大写真技術科卒業。1993年よりフリーランスとしてサッカー専門誌などへ寄稿する。2005年から大宮アルディージャのオフィシャルカメラマン。

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